うたプリ | ナノ






「四ノ宮さん…が!?」

春歌の言葉に音也と那月が前方に立っていた人物に目を向けた。全体的に薄暗く地面には沢山の楽譜がちりばめられ其の人物の足元には一つのヴァイオリン…、まがまがしいオーラを漂わせている那月に瓜二つの姿が此方を見つめた。那月に似ているが雰囲気が違った。酷く冷たく殺気が溢れ出し、黄色の瞳は鋭く三人を睨み付けている。

「ミューズ、目の前にいるナツキはシャドウの反応がします。気をつけて!」

セシルの声が響いて春歌はやっぱりとばかりに瞳を細め銃に手をかけた。音也もまだ不慣れながらも片手剣を手にするが那月は春歌たちから耳にしていた状況に自分が立っていることに、ついていけなかった。

「…僕?」

『我は汝、汝は我。そうだ、俺は那月…お前だ』

不意に那月の言葉に反応した影が反応を示した。那月の声より低くやはり冷たく感じる其れはまるで別人にしか思えない。びくりと肩を跳ねさせるのを見て影はゆっくりと其方に足を進めるのを見て春歌は漸く手に馴染み始めた銃口を影にロックをし引き金を引いた。

パァンッ!

銃弾が見事に当たりよろけるが春歌は額に汗を滲ませる。知っているからだ、影が強いことも、影がどうやったら消えるのかさえも。

『邪魔をするな。邪魔をするなら殺す』

その一言で影は春歌とあった間を一気に縮めて拳を振り上げた。

「っ、七海!」

それを見た音也は目の前に青のカードを召喚して片手剣で其れを斬りペルソナを発動させた。音也のペルソナが炎属性を影に攻撃すると攻撃が止みダメージを受ける姿にホッと息を吐き出す音也。

だが其の束の間、不意に風を切る音が聞こえた。腹部に鋭い痛みが走り一瞬、息ができない…!そう思った時には背中に壁が当たり倒れてしまう。その時に音也は気付いた。自分は蹴りを入れられ吹き飛ばされたのだ、と。カハッ、上手く呼吸ができない音也に春歌が素早く音也と同様、カードを現しパキンッと手で握り潰し、ペルソナ!そう唱えた。背後に春歌のペルソナが召喚され音也にディアをかけた。

「一十木君!」

「な、なみ。サンキュー…」

だいぶ痛みはなくなったが、やはり上手く息ができない。もしかしたらあばら骨をやられたのではないかとさえ思えてくる。ゆっくりと起き上がる音也に安心していると、影は二人の攻撃により体についた傷に視線を落とした。

『那月、那月、お前は何時だって一人じゃ生きていけない奴だ。そう、あの日からだ。お前が他人に傷つけられ、誰にも自分の奏でたい音をわかって貰えなく塞ぎ込み始めたのは。お前だってわかっているだろう?お前は独りなんだと、お前を理解しようとする人間なんて居るはずが無い、お前を苦しみから守ろうとする奴はいないんだってな』

「なっ…、違います!ハルちゃんや音也君、翔ちゃんっていう僕を理解してくれる大切なお友達がいますっ」

『何故そう言い切れる?“アイツ”だってソイツらと同じで口先ばかりだと本当はお前だって疑っているんだろう?“あの女”のように傷つけられ捨てられ、周りの奴らはお前の繊細で傷つきやすい心にヒビを刻み付けて行く。本当は憎いんだろう、悔しいんだろう?』

「違う!」

影が発する言葉に那月は珍しく声を震わせ荒げた。ガタガタと震える足のせいで、其の場に座り込み何も聞きたくないとばかりに両耳を両手で固く閉ざす。

「違う、違う違う違う違う違う違う違う!僕はそんな事、思ってないっ」

ぴくんッ、春歌と音也、そしてセシルが那月の次に紡ぎだすだろう言葉を予想できた。それは影に対して決して言ってはイケないワード。

「ナツキ、言ってはイケない!」

「あなたは―…!」

「四ノ宮さんッ」

「那月、ダメだって!」

あ な た は 僕 な ん か じ ゃ な い !

那月の一言に影の指がピクリと反応した。そして眉を下げ口元を歪ませながら自嘲気味に笑みを浮かべるその瞳は少しだけ、悲しみが滲み出ているように春歌は見えた。

『ククッ…ハハハハハハッ!那月!お前は何もわかっちゃいない、今まで何度傷つけられてきた?何度お前は涙を流してきた!?お前はすべてを壊したかった、そうだろう!』

「オトヤ、気をつけて!」

影が氷属性の魔法を音也に浴びさせた。音也のペルソナは氷属性が弱点なためにダメージが強くダウンしてしまった。春歌はこのままでは危ないとペルソナを召喚し風属性を浴びさせる。

『ぐっ…!』

「ミューズ、もう一度いけます!」

「お願い、当たって!」

影が軽く怯んだ隙に次に打撃属性の攻撃を食らわせる。ハァ、ハァ…春歌の攻撃は確かに効いているようだ。影は息を乱しながら春歌に手を伸ばし地面に叩きつけた。バキッ!地面が割れるのを目にして音也は息を飲んだ。どれほどの腕力を持っているんだよ、アイツ…!

『邪魔を…するな!』

ぶわっと影の周りに風が吹き始めるとその瞬間に瞳が一層光った。

「オトヤ、ミューズが危ない!助けてッ」

セシルの声に音也は再びペルソナを召喚し再び魔法をかけた。攻撃発動中に邪魔された影は攻撃中止になり音也が剣で斬り付ける。

「くら、ええええ!」

ぐちゃり、腹部に剣が刺さった。やった!誰もがそう思った時だ。逞しい腕が動き音也の肩を掴んだのだ。

「嘘、だろ…?」

『消し飛べ』

口元から血を流しながら影は相変わらず笑みを浮かべながら音也の胸蔵を掴み壁に向かって投げ飛ばした。

「四ノ宮さん!」

だが音也が飛ばされた方向には那月が居たのだ。春歌は立ち上がろうとするも女性の体だ、呼吸さえもままならない為に声を出しただけで肺が悲鳴を上げる。ぶつかると理解し那月は目を固く閉じた。だがいつまで経っても衝撃が来ない。那月は目を開けると目の前にはあり得ない光景が広がっていた。

腹部に剣を刺したままの影が音也を受け止めていたのだ。それはまるで那月を守っているようにも見える。荒々しく音也を吹き飛ばせば腹部に刺さっていた剣をぐちゅりと引き抜き投げ捨てると、地面には真っ赤な血が流れる。

「あっ…」

那月と影の目が合った。
その瞳を怖いとは思わなかった。不思議と嫌悪感も恐怖感もなかったのだ。そして影が那月に目線を合わせるべくしゃがみ込み、頬に触れた。冷たい掌。だが触れたそれはとても温かく優しいもの。

『那月、怪我は無いか?』

「え……」

影は意外にも優しい声色で那月を心配したのだ。那月は戸惑い目を背けるがフと目の前に散らばった楽譜に手を伸ばす。五線譜に書かれた記号たちは昔何処かで見たような気がする。確か、“あの人”に喜んで欲しくて―…ズキンッ!頭が鋭く痛む。思い出したくない、思い出したくもない!!那月が強くそう願うと影はその楽譜を奪った。まるで無理をして見なくてもいいと、思い出したくないのなら思い出さなくていいのだと言っているように見えた。

「…あなたは、どうして僕を守ってくれたの?」

那月の問いかけに影は目を細めた。攻撃体制に入らない影に那月は率直に質問をした。すると影はゆっくりと口を開く。

『俺はお前でお前は俺だからだ』

「…僕があなたであなたは僕…?」

影が何を言いたいのか…わからなかった。容姿こそ似ているものの、口調や性格が全く違う。同じとは言えなく程遠いとしか思えない。すると近くの楽譜が輝き始めた。その楽譜に近づくと曲が流れ始める。それはとても繊細で儚い、ヴァイオリンで奏でられている。

「僕は、この曲を知って、る?」

ズキンズキン、頭が痛む。歯を食い縛らなきゃ堪えきれないような鈍い痛み。頭を抱え込んで痛みを何とか抑えようとした時に其れは起こった。視界が一気に暗くなった後に体が温かくなったのだ。次には小さく悲痛な声で、お前は何も見なくていい。そう言われたものだから、何故か思い出さなければいけないと…思った。

確かこれは“あの人”の為に作ったもの。砂の城はどんなに丈夫に創ったとしても海が襲えば簡単に攫われ、存在していなかったように消えて行くそれは―…幼い頃の僕の心を掴み衝撃を与えて来た。脆く儚い存在の砂の城。

『お前が傷つく必要なんてない。俺がこれからも守ってやる、今まで通りに…ずっと、ずっと』

ああ、そうか。わかりました。

「―…き」

ぴたりと曲が止まった。
那月の視界を阻む手を優しく触れて顔だけ振り向くと驚いた影の表情が其処にあった。すると那月は先ほど見せていた表情とは違う、優しく愛おしさに満ちた微笑みを向けて影の額と己の額を合わせて小さく呟く。

「あなたは砂月―…そうでしょう?」

『っ…!?』

驚きのあまりに目を見開く砂月と呼ばれた影。那月は眉を下げながら見つめた。ビリッ、テレビにノイズが走った様な音が聞こえ砂月の体が消えかかり始める。

「あなたは砂月、僕が創ったもの。今、思い出しました。“あの人”に傷つけられて以来、あなたが僕を守ってくれていたんだね…。」

『な、つき…』

「僕は砂月で砂月は僕。何度も傷つけられ誰にも理解されない、悔しかった憎たらしかった…それは真実で僕の心にあった願望」

『那月、なつき…』

砂月がこれ以上聞きたくないとばかりに縋るように那月の名前を何度も呼ぶのを那月は笑顔で遮った。

「だけど、もう大丈夫。今はハルちゃんやみんながいるから、僕を受け入れて認めてくれる大切なお友達がいる。確かにこれからも傷つけられるだろうし、理解されないことも多いかもしれません。だけど…乗り越えられるような気がするんだ。僕はもう独りじゃないから」

『……もう、…俺がいなくて大丈夫なんだな』

ガラガラと激しい音を立てて崩れて行く建物は普段通りの明るいスタジアムの様な黄色い世界へと変わり、地面に散らばっている楽譜はパラパラと砂月の元へと集まる。すべてが集まり幼いながらも綺麗な字で砂月と、書かれている。那月は力強く、はい。と返事をすると砂月は切羽詰まった表情で那月を抱き締めた。楽譜は弾けて消えキラキラと星に変わりスタジアムを飾って行くのを三人が目を奪われる中、那月も背中に腕を回して力強く抱き締め返す。

「今までごめんね。そしてありがとう、今度は二人で共に歩んで行こう」

『…那月、    』

「え、…?」

パリン、砂月が消えた変わりに春歌達のようなペルソナが浮かび上がり次にはカードへと変わる。手に取れば胸の中に入って行くのを春歌を支えたセシルと音也は漸く安堵のため息を吐き出した。

「お疲れさまデス」

「あー、那月の影強すぎ!」

「四ノ宮さん、大丈夫です…か…」

春歌から声をかけられ振り向いた那月の瞳からは、ポロポロと涙が流れていた。ギョッとした三人は騒がしく何処か痛むのかと問いかけるが、那月は困ったように笑うだけだった。