うたプリ | ナノ





何時だって俺の世界は那月しかいなかった。
親父は酒に溺れ母親と毎日のように喧嘩をしていた。その喧嘩はもう修復不可能だと幼い俺でさえわかった。毎日行われる喧嘩にうんざりしていた俺を守るように抱き締めてくれたのは母親じゃなく那月。大丈夫、大丈夫だよ。そう言って背中を撫でてくれる大きく暖かい那月が母親より好きだった。

「那月、腹減った」

腰に抱きつけば那月は優しく微笑み頭を撫でてくれる。とても安心する。

「今日は何が食べたい?さっちゃんが食べたい物を作りたいなぁ」

ふわふわ、那月が居るだけで心が温かくなる。那月が居なきゃ俺は息ができない。ぎゅっと抱きつく力を強めると嬉しそうに笑うものだから、俺は熱くなった顔を冷ますように那月の背中に顔を埋める。ガヤガヤと同級生から低学年、高学年が帰って行くのを鼓膜に震わせていると那月が小さくて可愛いと言った。目を向けると同級生の女子がそこに居た。那月は俺より年上で中学生だ。身長も周りより高くて気にしているようだったが俺はそんな那月も大好きで、那月が可愛いって言えたらいいのにと幼いながら自分が嫌になった。

その時には父親と母親は離婚し俺たち姉弟は母親側に引き取られた。だが数年後母親は交通事故でこの世を去り、二人だけとなった。引き取り手なんているはずもなく、那月は高校に上がった途端にバイトを始め俺を育ててくれた。毎日学校に通ったあとバイトに向かいの日常、俺も中学生に上がってから新聞配達を始め二人で何とか生きて行けている。二人だけ、それがとても嬉しかった。

「さっちゃん!僕が作るって言ったのに…」

バイトから帰って来た那月がそう言ってきた。食卓に並ぶ夕飯を眺める。味には自信があったが、那月の舌を満足にできるかが問題だ。そう考えていると那月は怒ったように頬を膨らませていた。ああ、可愛い。柔らかい髪に触れた後に頭を撫でれば嬉しそうに微笑むもんだから、キツく抱き締めた。

腕の中から何か聞こえたような気がするが、今はそんなのどうだっていい。だって俺と那月しかいないんだから。いいだろう?

「…さっちゃんは甘えたさんですねぇ、可愛い」

頬を撫でてくれる手つきは、あの時と同じ暖かい温もりが入った優しさがあった。酷く落ち着く。首筋に擦り寄れば、くすくすと笑う那月の声は愛らしい。

「ただいま、さっちゃん」

「おかえり」

柔らかい唇に触れる。ふにふにと柔らかすぎる唇は病みつきものだ。俺らは今日も愛し合う。誰も邪魔しない世界で。