うたプリ | ナノ






「音也、言葉は弾丸なんです。一度吐き出した言葉は相手の心臓を貫き、その言葉をゼロにすることは絶対に不可能。もう一度聞きますがあなたは私のことが嫌いですよね?」

トキヤが普段通りに話し掛けて来た。そう、それはまるで朝起きておはようと挨拶を交わすかの様に。音也は同室でもある目の前にいる人物に恐怖が溢れだした、こんなの俺が知ってるトキヤじゃない。獣耳が普段立っているのが今では恐怖で垂れ下がっている。トキヤは何も言わない音也に肯定と捉えて笑みを深めた。すると不意に音也に向けて手を前に出し目を細めた。

「私の道を塞ぐモノ全てを粉砕し道を開け」

「ッ!?トキ…―」

トキヤの言葉に音也の後ろにあったドアが粉々に砕け音也は部屋の外へ吹き飛ばされた。痛みのあまりに顔を歪ませる音也に目を向けず歩きだすトキヤの先には双子のHAYATOが立っていた。

「…ごめんね、音也くん」

ポツリと呟いたHAYATOはトキヤと一緒に歩きだした。音也は手を伸ばして声を出そうとするがその度に痛みが全身を駆け巡り其れを阻止される。待って、そう言いたいのに意識がプツリと途切れた―…。



「イッチーとHAYATOがいなくなった?」

「らしいぜ、しかも音也は頭の打ち所が悪かったらしくまだ意識が戻ってないってよ」

翌日、Sクラスに所属している神宮寺レンと来栖翔はため息を零した。仲が良かった一ノ瀬トキヤは昨日早乙女学園から逃亡し日向龍也が見回りをしている際に一十木音也が倒れているのを発見したらしい。それをクラスメイトに聞いた翔がレンに話すと目を細め窓へと視線を向けた。彼はとても優秀な生徒で戦闘機だった。音楽の才能も戦闘機としての才能、2つを持っている人物でいつも正しい道を歩いていたと言うのにまさかの失踪…。レンと翔はそれに引っ掛かっていた。誰よりも真面目で冷静さを持っているあのトキヤらしからぬ行動はこの半年間共に過ごした2人には何か裏があるようにしか思えなかった。

「来栖に神宮寺、ちょっといいか」

考えにふけっていた2人に声をかけた人物がいた。Aクラス所属の聖川真斗、レンの同室そしてサクリファイスだ。獣耳を持たない真斗とレンに対して獣耳を持っている翔はピクリと真斗の方に耳を傾ける。

「よっ!どうしたんだ?お前がSクラスに来るとか珍しい…」

翔が駆け寄ると真斗は眉を下げた。何かあったのかと口を開こうとすると後ろからゆっくりとした足取りで2人の元に来ると

「もしかしてイッキについてか?」

レンが問いかけると真斗は小さく頷く。話しを聞けばトキヤとHAYATOがいなくなって春歌はショックを受け音也は未だに意識が無いらしい、とても心が繊細な2人だからこそ何だろうが情けないなと翔は内心思ってしまう。はぁ、何度目か分からないため息をついた時

「チビ、どうしてため息をついている?」

パートナーで戦闘機でもある砂月の声が聞こえて顔を上げた。普段通りの余裕でできた表情に羨ましく感じるとともに、帽子を被り直しつつ屋上へと足を向ける。もちろん砂月も一緒に来ることを知っているからだ。屋上へと続く階段をのぼり重い扉を開けると青空が見える。

「音也と春歌は暫く使い物にならない」

先に口を開いたのは砂月だった。翔が振り向くと視線が絡み合う…ああ、嘘はついてないと分かれば此れから早乙女学園で起ころうとする何かがあるんじゃないか、そう考えるだけで頭が痛くなる。ただでさえこの前音也と春歌のペアと戦って那月が塞ぎ込んだばかりだっていうのに、なんでこう次々と面倒でややこしいものばかり降ってくるんだろうか。壁に背を預けその場に座り込む、これからおこりうるであろう何かの対策をしなければならない。そして覚悟を絶対にしなければならない、何故なら戦闘機が砂月だから。那月とは真逆である戦闘スタイル故にサクリファイスの翔が痛みを堪えなければならないのだ。

「…砂月、もしこれからスペル戦闘をしなきゃならなくなったら戦えるか」

腕に飾ってある其れを見つめながら問い掛けるとフッと笑う声が聞こえた。隣に足を進めて目線を合わせると翔を抱き締め耳元で囁く。

「相手を殺すくらいの覚悟はある」

「殺さない程度にしろよ、人殺しにはなりたくない」

素早くツッコミを入れると笑みを浮かべる砂月に小さく声を出して笑う。手を伸ばして頬を撫でると振り払わないのを良いことに唇同士をくっつけた。くちゃっ、じゅる…なんてヤラシー音をたてるキスはやっぱ気持ちいい。唇を離し砂月を見ると耳まで真っ赤に染めてとろけた瞳をしている、本当にコイツは可愛いな…だからって那月も可愛いんだけど。

「翔、もう一回だ」

「なんだよ、珍しく甘えたじゃねーか」

黙ってろ、そう口にした砂月は翔の背中に腕を回しキツく抱き締め口づけを贈った。






「春歌…、アタシが変わるからご飯食べな」

Aクラスで春歌のクラスメイトで同室である渋谷友千香が春歌の肩に手を置いた。だが春歌は首を緩く左右に振りベッドに未だ力なく横たわっている音也の手を握る。

「ありがとう、トモちゃん…。でも私は大丈夫だから」

眉を下げて微笑む春歌の瞼は赤く少し腫れている理由を友千香は知っていた。憧れていたHAYATOが居なくなったこと、昨日まで友達としてライバルとして接していたトキヤが自分の大切な存在である音也を傷つけたこと、そしてずっと意識が戻らない音也の姿…全てが春歌の優しく繊細な心を傷つけている。友千香は何もできない自分自身に腹を立てながら春歌の隣に座り頭部を撫でた。大切な友達だからこそ励ましてやりたい。大丈夫だよ、そう伝えたくて撫でていたら春歌に伝わったらしく先ほどの痛々しい微笑みではなく普段通りのもので心が温かくなった。すると春歌は音也の手を掴んでキツく握った。

「音也くんが目を開けるまで私は強くなるね。一ノ瀬さんとHAYATO様…2人と闘わなきゃいけなくなるかも知れないから」

「春歌、まさかっ…!」

友千香は春歌を見つめた。もしかして拘束を耐えるようにするため試練を受けるつもり、そう言おうとすると春歌は酷く綺麗な笑顔を浮かべるものだから何も言えなかった。

「強くならなきゃ音也くんに守られてばかりになる。そんなの私はイヤなの。だからトモちゃん、音也くんをお願い」

はぁ、とため息をついた。友千香は知っているのだ、春歌は決めたことは必ず貫き通す頑固なところがある。今まさに発動中だ、言い出したのを止めることはできないために肩に手を置いて見つめる。春歌の綺麗な瞳に吸い込まれそうになりながら友千香は真剣な表情を浮かべて口を開く。

「わかった。だけど無茶だけはしないこと!あんたがケガでもしたらあたしが怒られるんだから!」

「うん、わかってるよ」

「…それに春歌がツライ姿をあたしは見たくない」

「ありがとう、トモちゃん」

ぎゅっと友千香に抱きしめられた春歌はトキヤとHAYATOを思いながら静かに拳を強く握り締めた。



「どうした」

真斗の言葉にレンは目を細めて教室の窓から見える庭を視線で訴えた。それに気になり椅子から腰を上げ見るとレンとは逆に眉間にシワを寄せる。耳鳴りがしてため息をついた真斗にレンは苦笑を溢してしまう。耳鳴りが聞こえたと言うことは相手が近づいたということだ。しかも相手が早乙女学園の生徒でこの前春歌に喧嘩を売って来た奴、親友で可愛がっている春歌を真斗が相手を見過ごすわけが無く喧嘩を買うに決まっているのだ。庭へ向かおうと教室から出ていこうとするサクリファイスである真斗のあとをついて行きながら、七海に嫉妬をしている自分がいて嘲笑ってしまうのも事実。

「聖川、」

名前を呼べば振り向いたことをいいことにレンは隣に歩み肩に手をかけ引き寄せた。本人は早く相手を潰したいのだろう、苛立った声でなんだと言い返すのを怯えずにレンは相変わらず人当たりが良さそうな笑みを浮かべたまま問い掛けた。

「子羊ちゃんと俺、どちらが大切なんだ?」

「くだらん、早く行くぞ。耳鳴りが鬱陶しい」

だから行こうと促し手を振り払えばレンは眉を寄せて声を荒げながら歩きだした。

「ああ、そうかよ!」

「なにを勝手にきキレている。…もしかして妬いているのか?」

真斗の言葉を気にせず庭へと足を進める背中を見つめながら口角を上げてクックッと笑い声を唇から溢す表情はとてもサドスティックさが見える。

「無視するとはいい度胸だな。だが、アイツがキレたのは好都合だ。すぐに終わらせることができる」

少し歩けば耳鳴りが止むのは戦闘領域が小さい証。喧嘩を売って来た相手はそれほど強くないと推測することができる。真斗はこれから起こるであろう光景を頭に巡らせながらレンが向かっている庭へと足を歩ませるのであった。