サタン様が言っていた。
従えば翔ちゃんの病気を治してあげるって。翔ちゃんにとっても、僕にとっても良い条件なのに翔ちゃんは馬鹿だ。サタン様に抗って10年分の記憶を小さな箱に入れられてまで僕から逃げる。本当に翔ちゃんは馬鹿だ。逃げたって意味ないのに。
「翔ちゃーん、何処に行くの?」
息を乱しながら必死になって僕から逃げる翔ちゃんはまるで学園に入ってからの翔ちゃんみたいだ。僕から離れて行く、必死に必死に。翔ちゃんの腕を掴めば抵抗する。どうしてそう抵抗するの、どうして僕を拒絶するの。
「や、だ…!離して!」
舌ったらずに話す翔ちゃん。外見は15歳なのにサタン様の力で中身は5歳、行動も言葉もすべて幼い可愛らしくてあの頃の翔ちゃんでとても愛らしかった。掴む力を強めれば、痛いっ!とか言うけれど当たり前だ。わざと痛くしているんだから。
「ねぇ翔ちゃん、サタン様のところに帰ろうよ。そうしたら翔ちゃんは病気を治してもらえるんだよ?」
「もどりたくないっ!僕はお姉ちゃんに会いにいくんだ!」
いやいや、と首を左右に振る翔ちゃん。お姉ちゃんという人はきっとミューズなんだろう。サタン様の行動を妨げる忌々しい存在で翔ちゃんを僕から奪おうとしている悪い人。いつだってそうだ、小さい頃からみんな僕から翔ちゃんを奪って行くんだ。病気に奪われて、四ノ宮さんに奪われて、次は忌々しいミューズに奪われようとしている。そんなの許さない、そんなのふざけてる。
「翔ちゃんは大人しく僕に守られてればいいんだ、いい子な翔ちゃんだったらわかるでしょ?ミューズが翔ちゃんなんかを助けてくれるわけがないってことを」
顔を近づけて耳元で囁けば肩を大袈裟に震わせて怯えた表情で僕を見つめてくる。カタカタと震える体は腕を通して僕の手にまで伝わってきた。ほら、怖いんでしょ?逃げたいんでしょ?助かりたいんでしょ?だったらサタン様のところに行こうよ。
そうしたら怖くない
(僕がいるでしょ)
そうしたら逃げなくていい
(僕が受け止めてあげる)
そうしたら助かる
(病気に怯えなくてすむ)
「ち、がう。お姉ちゃんはきっと僕をたすけてくれるっ!」
「っ、あんな奴ら翔ちゃんの命なんてどうも思ってないに決まってる!翔ちゃんのことを助けたいと思ってるなら今ごろ助けに来てるはずじゃないか!ほら、誰も来てくれない!僕以外誰もいないっ、翔ちゃんを守れるのは僕だけなんだッ!!」
「か、おるっ…!」
大きな瞳から零れる涙を僕は何も感じなかった。ただ感じるのは僕の胸の奥にある臆病で弱い翔ちゃんの姿を守らなきゃと言う気持ちでいっぱいだということだ。キツくキツく抱き締めて、翔ちゃんの耳元に囁けば声を上げて泣き始めた翔ちゃんは可愛くて、やっぱり僕が守らなきゃいけないんだと改めて思うんだ。
僕がずうっと傍にいてあげるんだから翔ちゃんは守られてればいいんだ。