うたプリ | ナノ





「翔くん、やっぱり砂月の性格は直らないのかしら」

つい最近の話だ。四ノ宮さん(奥さん)が俺に話し掛けて来た内容は何時も遊び相手になってやっている双子の砂月の話で表情はとても暗かった。俺と遊ぶ時は当たり前だが3人でしか遊ばないから知らなかったけど砂月は友達がいないらしい。そして毎日のように怪我や痣を作ってくると聞いて、確かに遊びに来るとき絆創膏やらなんやらつけていた様な気がする。でも性格なんて簡単に変えられないし変えたとしても本当に良くなるかなんてわからない。だけど四ノ宮さんがあまりにも深く真剣に考える姿を見て気休めなことしか言えない。

「大丈夫ですよ、まだ小学3年生ですし那月がいるから友達なんてできますよ」

「ありがとう、翔くんは優しいのねぇ」

これが確か数日前の出来事だ。そして目の前に広がる光景に俺は息を呑んだ、どうしてこうも早く展開していくのだろう。と。

学校が終わりトキヤとレン2人に遊びに行こうと誘ったのに生憎2人とも予定が入っていたもんだから仕方なく早めに帰っていた。トキヤは塾に行ってるんだろうけどレンは絶対女と遊んでるはずだ、そう考えるとなんか負けた気分がして仕方ない。俺だってモテるはずなんだ、ただトキヤとレンがいるから目立たないのであって俺はイケメンの域に入るはずだ、だってバイト先ではキャーキャー言われてるんだからな!なんて考えていると見知った後ろ姿が見えて自転車を漕ぐスピードを上げてブレーキをかけた。

「よっ、おかえり…ってお前また喧嘩したのか!?」

お隣さんの息子さんである砂月の服に泥がついていて体中傷だらけ、しかも口元からは血が流れている。こんなの今どきの小学生の姿なんかじゃねぇぞ。俺は自転車から降りてバックの中から飲料水を取り出しそれでハンカチを濡らして睨み付けている砂月の体中に付着している泥などを拭う。

「砂月、誰にやられた」

「お前には関係ない」

でた、砂月の口癖。本当に砂月は小学生らしくない態度や行動をよく起こす。ある時は汚ない言葉を吐き出して相手を容赦なくボコる、ある時は絶対に口を利かない時がある。あの那月にすら頑固口を開かないまま顔を逸らしまくる。はぁ、ため息を漏らしつつも取り敢えず汚れを全て拭ってやれば礼も言われなくて少しカチンと来たが、相手はガキだ。そんなキレんなよ、俺。近くに公園があったからベンチに無理矢理座らせて自動販売機で暖かいコーンスープを購入して渡すと意外にも、ありがとう、と言われて驚いた。数回振ってプルタブを開ける砂月はこう見てみるとそこら辺にいる普通の子供で頭を撫でると睨み付けられた。なんだか野良猫みたいだな。

「で、どうして怪我しまくってんだよ」

「転んだだけだ」

「転んで怪我しないような傷もあるんだけど?」

そう言って短パンから覗く太ももに出来ている痣に触れると、痛ッ!と声を上げる砂月に軽く頭を叩いた。痛いならこうなるまで喧嘩なんてしなければいいのに。今日、砂月をこのままにしていたらこれ以上の怪我を今後するかもしれない。そんな傷ついた砂月の姿を見て悲しみ心配をする四ノ宮家族を想像すると、流石に俺まで胸がズキリと痛くなる。家族同様に過ごさせてもらっているんだ、このくらい頭を突っ込んだって大丈夫だろ。自分自身に聞かせながら砂月に視線を向ける。

「砂月は自分が怪我しまくることはいいのかもしんねぇけど、おじさんとおばさんは絶対にそんなことは望んでないと思うんだけどな」

「父さんと母さんは関係ない」

「那月だって絶対心配するぜ。この前泣きながら、さっちゃんがケガをし続けるのを見てられないって言って来たんだぞ」

その言葉に砂月はピタリと動きを止めた。砂月は双子の兄である那月のことをこれでもかってなくらいに溺愛していて自分よりも那月優先が当たり前だ。那月の言葉を大体聞く砂月の心に届いただろうか。しばらく時間が経ち無言が続いたし寒くなって来たから家に帰ろうと腰を上げた時だ。隣からポツリと何かが聞こえて振り向くと砂月は下を向いている。

「砂月?」

名前を呼べば翔、と小さく呼ばれるもんだからベンチには座らず砂月の前にしゃがみ込み覗き込んだ。どうした、そう聞けば頑なに閉じていた口がゆっくりと開いていく。

「俺は、クラスメイトがきらいだ。なにも知らないのに知ったような口振りで話してあざわらって見下してくる。そんなヤツらとなかよくなんてしたくないし、友達になる必要なんかない」

驚いた。砂月の考えは本当に小学生レベルじゃない。完璧に高校生か社会人レベルの考え方だった。確かに最近の子供(俺も子供だけど)は無神経に他人を虐めるものだから怖い。ニュースで流れる事件とかを見ると怖すぎて何も言えなくなるくらいだ。砂月は多分、わかっているんだ。人が人を傷つけることがどんなに醜いことかを、幼い体に刻み付けているのかも知れない。

「今日だって、昨日だって…ずっと前からだってそうだ。アイツらは那月を傷つける、動物を傷つける、人を傷つける。そんなやつらが気に入らない、何もわかってない。傷つけられたやつの心が壊れるかもしれないってことを、何もわかってない」

その言葉を聞いて俺は四ノ宮さんから聞いた話を思い出した。那月はヴァイオリンを習っていて、その時に那月を指導してくれていた先生のことを那月は好きで懐いていたらしい。だけどある日突然那月のところに来なくなって、同時に那月が精神的に危ないところまで行ったらしい。それから那月は傷つきやすい繊細な子で、砂月が必要以上に那月にベッタリになったんだと聞いた。ああ、だから那月を必要以上にあんなに心配したりするんだ、だから毎日あんなに怪我をして友達を作らないんだと理解してしまっている俺がいた。

砂月は薫みたいに責任感が強く心配性なんだ。多分だけど、自分しか那月を守ってやれないとか、那月がいつか壊れてしまうんじゃないのかとか考えるから。人一倍に優しい砂月だから、クラスで浮いている子とかを守るために…那月を守るために自分の体を痛み付けたりしているんじゃないのかと思えて仕方なかった。コイツは不器用だからなおさら勘違いされてしまうのかもしれない、ずっと俯いている砂月の髪に手を伸ばして撫でてやる。やわらかくて気持ち良い…くしゃくしゃ撫でていると珍しく抵抗して来ない砂月は少し怯えているようにも見えた。俺に叱られるとでも思っているのだろうか、それとも那月にチクられるとでも思っているのだろうか。もしそう思っているなら砂月は周りの子供たちと変わらないじゃん、ただ思考が子供じゃないだけで普通の馬鹿をやる子供と一緒なんだ。

「砂月、お前は後悔してんのか?」

首を緩く左右に振る。

「だったらいいじゃん、お前の考え方は悪くない。ただ少し周りの奴らと考え方が違うだけであって、お前の考えは良い方なんだよ。…まぁ、暴力に走るのはダメだけど」

数回頭を優しく叩くと顔を上げて俺を見つめてくる。那月と同じ純粋な瞳だと思う、砂月は口をまたキツく閉ざしてしまった。

「お前が傷つくのは見たくないからな」

さて帰るか!と立ち上がって砂月の手を取った時に名前を呼ばれる。今度はさっきみたいに小さいものじゃなくてハッキリと耳に十分届くものだ。

「翔は、心配してくれるのか?」

砂月の言葉に俺はハァ?と声を出してしまっていた。やっぱりコイツは馬鹿なんだと思う、まるで俺の弟である薫みたいなことを言ってきやがった。コイツらは何を思ってこんな馬鹿らしい質問をしてくるんだろう。さっきの声を上げた俺に砂月は、もういいっ!と荒々しく声を上げてズカズカ歩いて行くもんだから慌ててアイツの腕を掴んで止めた。のはいいけど、めっちゃ抵抗されてきつい。こっちは6限目あのスパルタな先生にしごかれ、帰り道にあのツライ坂道を漕いでヘロヘロだというのに本当容赦ない。

「砂月、落ち着けって!」

「うるさい!はなせっ」

「…あのなー、誰も心配しない奴なんているか?お前は大切な弟なんだよ、弟がボロボロになってんのを見て心配しない兄貴なんていないんだよ。ばぁか」

抵抗が止まって何度もまばたきをする砂月が可愛くて頭をもう一度撫でた。信じてくれたみたいで大人しくなったことをいいことに小さく笑ってしまう、自転車に跨って荷台を叩くと砂月はそこに座って俺の腹に腕を回して来た。手にしてるコーンスープを見つめた後に振り向く。

「砂月、コーンスープ全部飲んだ?」

「飲んでない、もうはらいっぱい」

「なら俺が飲む」

奪って飲み干すと缶の中に入っていたコーンが見事に全て口に入ってくれた。近くにあった缶入れに投げ捨てればナイスシュート、華麗に入ってた缶に若干の喜びを感じながら砂月に振り向いたら、

「……なに耳まで真っ赤にしてんだ?」

耳を赤く染めて俺の一言で顔を隠すように背中にピッタリと顔をつける光景は、可愛くて俺はぐしゃぐしゃ撫でた後にハンドルをキツく握りしめペダルを漕ぎ始めるのだった。

次の日から体に作る怪我が少なくなって俺に甘えてくる砂月が見れるまで、あと24時間後の話。