うたプリ | ナノ




今日はキツかった。いや、毎日キツいんだけど今日は何時にも増してキツかった。店長もクルーの人もみんな器がデカくて優しくて失敗しても笑顔で背中を押してくれる良い人たちなのに、マネージャーだけが厳しく尚且つガミガミとうるさい人だ。今日は客も多くてちょっと失敗してしまった。それがマネージャーに見つかってしまい客の前で説教、しかも1時間過ぎて漸くバイトから上がれた。はぁ、ため息が自然に出てしまいながらペダルを踏み坂道を登って自宅へと急ぐ。早く家に帰ってシャワーを浴びてレンタルしたCDをiPodの中に落として…やりたいことは沢山ある。自然と漕ぐスピードを上げた。

「あ゙ー!だりぃ」

長時間立っていたために足が浮腫み階段を登るのも一苦労、足が上がらず軽く引いて歩くような形にもなっている。やっと自分の家の階についた時だ。自分の家の前に縮こまって座っている子供がいた。ふわふわ、風と一緒に揺れるミルクティー色の髪、遠目からでもわかるひよこのぬいぐるみに誰だかすぐわかった。

「那月、んなとこに居たら風邪引くぞ」

重い足を引きずりながら家の鍵を開けた後にしゃがんで目線を合わせた。那月は隣の家の息子さん、俺が引っ越して来た時から四ノ宮夫婦にお世話になっていて自然と息子たちとも気軽に話すようになった。と言うか息子2人に懐かれてしまった、という言い方が正しいのだろう。

ゆっくりと俺を見つめて来る那月の瞳は普段の明るくイキイキとしたものじゃなく暗くて淀んだような瞳で俺は眉を寄せてしまった。こんな那月を見たことが無い。名前を呼んで優しく尋ねてみる。

「どうした」

すると那月は口を開いたと思えば閉ざして…とそれを何度も繰り返す。俺は我慢強く待っていると那月は眉を下げつつ小さく、あのね、と話して来た。

「僕、やっぱり可笑しいのかなぁ…」

「なにか言われたのか?」

そう返すと那月の瞳からは涙が溢れて来ていることに気づいた。これはただごとではないと思って取り敢えず風邪を引かせないように家の中に入れようと手を差し出したのに、那月は下唇を噛んで泣くのを堪えている。

「今日、クラスの子に言われたんです。男なのにそんな可愛い物を持ってるだなんて気持ち悪いって」

腕の中に抱えているピヨちゃんと呼ばれる物のことだろう。確かクラスの女子に何人かピヨちゃんグッズを集めてる奴がいたな、そんなどうでもいいことを思い出しながら俺は那月の隣に座り込んだ。

「そしたら、ピヨちゃんを、こ、んな風にされちゃ、て」

体育座りをしていたピヨちゃんは俺から見てただ頭しか見えていなかったが、那月がゆっくりと抱えていた足を伸ばして目の前に現れたピヨちゃんは酷い有様だった。靴で踏まれた跡やゴミが付着し切り刻まれたそれは俺にクラスメイトが那月にどんな事をしたのかすぐにわかった。

「泣いちゃって、そしたらまた泣くことはおかしいって、言われちゃって…僕、おか、しいのかっ…なぁっ」

ボロボロと涙を溢れださせて喉を鳴らす姿に俺は胸が痛くなった。確かに那月は普通の男と比べたら可笑しい部分はある。女みたいに柔らかく優しいのんびりとした性格で、とにかく可愛らしい物が大好きで格好いい物よりも可愛い物を選んでしまう。だけどその事をクラスメイトの奴が、他人がそんなことを言う権利がないと思うのは俺だけなのか?多分俺は病院生活を続けていたから、そこら辺の考え方が他の奴らと違うんだと思う。病院なんて色々な人が集まっている場所だ、そりゃ社会にはいろんな人がいて出会うけれど病院は社会にはいない、もっと違ういろんな人たちに出会うんだ。そしてその人たちに対して那月のクラスメイトを含む人間たちは馬鹿にしたような態度をとるのだ。まるで自分たちより下だとばかりに見下し楽しみ始める。なんて馬鹿らしいのだろう。隣で泣きじゃくる那月の肩に手を回して引き寄せては頭をくしゃくしゃと撫でると、それが引き金だったみたいで更にわんわん泣き始める。

まるで薫みたいだと思った。俺がガキの頃から病院で入院をしていた時の話、薫は俺に会いに来て帰る時間が迫ると毎日のように泣きながら言うんだ。

『僕が翔ちゃんの元気をお母さんのお腹の中で奪っちゃったんだ。ごめんね、ごめんなさい。翔ちゃん』

何度も何度も泣きじゃくる薫を慰めるのが俺の日課で役目でもあった。その時も肩に手を回して引き寄せては頭をくしゃくしゃと撫でて泣き止ませていた。そんなはずはないのに、那月と薫は同じで優しく繊細なんだ。他人の言葉を丸呑みして傷つきそれを抱え続けてしまう、純粋で弱い守られるべき存在。しかもまだ那月は小学生3年生だ。隣から翔ちゃんと呼ばれて、ん?と返すともう一度言ってきた。

「僕っておかしいのかなぁ?」

「おかしくなんかねぇよ。お前はピヨちゃんが可愛くて可愛くて集めたくなるくらい好きなんだろ?」

コクン、小さく頷く。

「それなら周りの奴らと同じなんだって。だってクラスの男がポケモンが格好よくて面白くてポケモンの名前とか種類を覚えるくらい好きな奴がいるだろ?それと一緒なんだよ」

すると那月は納得したような表情を浮かべたのに、でも…と何処かを認めない姿は本当に薫に似ている。那月にとって俺は兄貴なんだ、守ってやらないといけない。そう思ってしまう

「那月は那月だ。周りに合わせる必要なんてない。俺は那月をおかしいだなんて思わねぇし今のままが好きだ」

「…本当?」

おずおずと聞いてくる姿は小学生3年生にしては可愛すぎるものだ。わしゃわしゃ撫でながら、嘘ついてどうすんだよ。そう言えばやっと笑った那月に安堵の笑みが浮かぶ。立ち上がらせて部屋に入れると慣れた足取りで靴を脱いでリビングに行く。そのままソファーにランドセルを置く後ろ姿は何とも小さく頼りない。那月が飲むであろうココアを作りながらボロボロになったピヨちゃんを強く抱き締めている。確かあれはサンタさんからもらったものだと言っていた気がする。サンタさんなんてガキの頃から信じてなかった俺はサンタさんよりかも、ご夫婦が頑張って働いた金で可愛い息子のために買ったぬいぐるみをズタズタにされたことに腹が立った。バイトをしているから尚更金のありがたみを感じているからだろうけど。

「那月、俺はお前の味方だからな。いつでも俺に頼れ」

ココアが入っているマグカップを渡せば嬉しそうに満面の笑顔を見せて力強く頷く那月の髪を撫でてやる。

この後、砂月と俺がガキと保護者に言いに行ったのは言うまでもない。