レディたちは俺を求めてくれる。
俺に愛を求めて来てくれるのだ、それが偽りだとわかっていても縋りついてくる。俺はそれを拒否できないのだ。何故なら生まれてこの方、愛と言うものを俺は与えてもらったことがない。ジョージは別だ。アイツは俺のすべてを理解してくれている、そうまるで親父のように手にとったようにわかってくれる。
だが、どうだ。あの人は俺の気持ちなんかわかっちゃいなかった。
幼い頃から俺を見る瞳はまるで穢わらしいものを見るようなもので、1度たりとも俺に向き合ってくれなかった。どんなにいい点数をとっても、どんなにセンスのいいものを着ても、どんなに家を手伝おうとしても見向きもせずに必ず行くのは兄貴たちだ。神宮寺家に俺は必要なかった。誰からにも必要とされない、誰からにも愛をもらえない。そう、誰からにもだ。俺はなんのために生まれて来たのだろうか。あの冷めた瞳で言われた言葉をいまだに忘れられない。あの、冷ややかな瞳で幼い俺にあの人はこう言って来た。
お前なんて生まれて来なければよかった
「おい、レン…?」
名前を呼ばれて我に返った。視界に映るのは昼食に頼んだスパゲッティがフォークに絡み付いている。顔を上げれば心配した顔で俺を見つめてくる普段のメンバーが見えて苦虫を噛んだようだった。もしかしたら口に出していたのかもしれない、いや出していたのだ。そうじゃなきゃ目の前にいる子羊ちゃんがこうも傷ついた表情を見せるわけがない。カチャッと皿にフォークを置けば笑みを浮かべる。なにを考えていたんだ、みんなの前でこんなことを考えるなんてらしくもない。
「あの、神宮寺さん…大丈夫ですか?」
大きな瞳を揺らしながら心配気に伺ってくる子羊ちゃんは何て可愛らしいんだろう。にこりと微笑み、大丈夫だよ、そう言えば言うほどに可愛らしい顔はどんどん曇って行く。心配なんて、させたくないんだけどな…それにイッチーやシノミーは感づくから苦手なんだ。小さく息を吐いて席から立ち上がる。あまり手にかけていないスパゲッティを手にして返却口へと足を進めようとすると、イッキの擦れた声が聞こえた。イッキは優しいから心配しているんだろう、悪い意味で言えばお節介だ。手をヒラリと降って別れを告げれば返却口へと返す。ちらりと時刻を確かめると、まだ昼休みが終わるまで余裕があった。
「神宮寺様ー!」
「今から何処に行くの?」
食堂から足を一歩踏み出せば集まってくるレディ達。いつもなら笑顔を浮かべ甘い言葉を囁きひとりひとり相手するんだけど、頭ん中にこびり付いてる醜いものが邪魔をしてそれどころじゃない。愛想笑いをレディ達に見せて、用事があるからと嘘を吐き出せばオレを求める言葉が耳につく。ああ、そうだ。レディ達がオレを求めてくれる。レディ達だけが、このオレを―…。
「神宮寺、ちょっといいか」
醜い声が聞こえた。
そちらに顔を向けると聖川が立っている。アイツは子羊ちゃん達と昼食を食べているはずなのに、何故追い掛けて来た?ああ、そうか。コイツも子羊ちゃんを気に入っているから叱りにでも来たんだろう。子羊ちゃんの心配を棒に振ったこと、それは叱られるに決まってる。ぐちゅり、心の醜い部分が滲みだす。ダメだ、レディ達が此処にいるというのに…。落ち着こうと息を深く吐き出して相変わらずの笑みを浮かべる。
「なんだよ、そんなにオレに会いたかったのか?」
「貴様はそんな軽々しいことしか言えないのか、呆れたな」
冷めた瞳で見つめて来る奴に胸クソ悪くなる。
コイツは昔からそうだ、瞳も髪同様に静かに揺れている。俺はコイツの瞳が大嫌いだった。他の奴らは綺麗なインクブルーだと称賛した。それかまだ理解できない。過去形ではないのは現在でも理解できないからだ。
「説教なら止めろ、こんな場所でなんて考えられないな。俺はもう帰らせてもらうよ、気分が悪くなったんでね」
レディたちにウインクを贈れば可愛らしい声が聞こえる。酷く安心した、まるで何かに包まれているような、そんな感覚。
コツコツと長い廊下を歩くと静か過ぎるために靴が音を奏でている。フと目を外に向けると眩しいくらいの太陽が降り注いでいた。俺には眩しすぎる、そう呟いたって何も返ってきやしないのに。
「お前はいつも太陽には出くわさないな」
反射的に舌打ちをしている自分がいる。それだけコイツが嫌いらしい。大体ついてくるなんてストーカーか?それとも説教しにわざわざ此処まで来たのか?そりゃご苦労様なことで、随分と暇なんだな。理解に苦しむ。
苛立って苛立って仕方がない。
どうしてコイツはいつも俺の前に現れるんだ。どうして俺をそんな風に見つめてくる!まるであの人みたい―…
「神宮寺、少しは落ち着け」
「落ち着いてたまるか!なんでお前と四六時中一緒に居なきゃならないんだ。こっちはただでさえ気分が悪いのに…」
そこでやってしまったと気付いた時には遅かった。静か過ぎる瞳が俺を捉えている。その静か過ぎる瞳が、俺の奥深くまで理解していると言わんばかりの瞳が、俺は嫌いだ。まるであの人の瞳みたいで…直視ができない。
小さくため息が聞こえる。
「神宮寺」
顎を掴まれ唇に触れた。
なにがって…気付いた瞬間一気に吐き気が込み上がってきて離れるが、生々しく残った感触に唇を引きちぎりたくなる。
「気持ち悪いんだよ!」
「気持ち悪いと言うなら振り払えばいいだろう」
いつの間にか掴まれていた手に視線を落とす。俺とは対照的に肌の色が違う。すると次には元きた道を歩き始めるもんだから、危うく転けそうになるのを何とかバランスを整える。
「聖川!何処に行くんだよ」
「ハルたちのところに帰る。お前のことを心配していたからな、女子を心配させるなんて男としてあるまじき行為だ。違うか?」
もうわけがわからない。
ずきりと頭痛がした気がする。
ため息をすると振り向いた聖川と目があった。青く輝く瞳、何故か嫌気がしない。よくわからない感覚に何かがつっかかりながらも、聖川は楽しげに歩くのを俺はまだ意味さえわからなかった。
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