「完二が言っていたのはこれか?」

陽介を連れて足を運んだのは本屋。しかも目の前にあるのは俺達から、もう随分と前に離れた存在でもある絵本コーナー。

目的でもあるピンク色をした絵本を取れば、その本特有の薄さで軽く丈夫なもの。横にいた陽介が覗き込んで きて題名を読んだ。

「ピンクのワニ…?どんな話なんだよ」

「知らない」

「なんだよ、それ」

あの時完二が話していたのを先ほど唐突に思い出したのだ。 あいつが絵本の話題を出している所を知らな い奴が見たら、きっとあまりのギャップに何も 言えなくなると思う。 あの容姿と正反対で、とても優しく可愛らし いものが好きな完二を一度目にしたら愛らしさ が込み上げて来るのは俺だけか?多分陽介に聞いたら全否定しそうだ。

そんな隣にいる陽介が中身が気になるらしく急かしてくるのでパラリと一ページずつ読んでいると、陽介が立っている反対側に一人の女性 が立っていた。

走って来たのだろう。息を乱しながら額から 流れる汗を拭いもせずに目の前に置かれた俺が手にしている絵本を見て赤い瞳を揺らしていた。

ぐいぐいと俺の制服の裾を引っ張ってくる陽介は興奮気味に耳元で美人だのなんなのと言っている。

栗色のふわふわとしたウェーブがかけられた 髪はポニーテールをして、真っ白な肌がとても 綺麗に見える。だが異様な程に細すぎるその腕や体を見ると息を乱す姿さえ心配してしまうくらいに、その女性は儚さを感じてしまった。

「あの…大丈夫ですか?」

俺の心配する一言に陽介が何か言って来たが 女性は驚いた表情を浮かべるもすぐに、ふわりと柔らかい笑みを見せてきた。とても綺麗に笑う。りせや天城とは違う、とても優しく綺麗な微笑みだ。

「すいません、ありがとうございます」

「あ、あの。何か探してるんですか!?」

肩を掴まれたと思った矢先、横へと強引に押 して来た陽介は頬を軽く染めながら勢いよく話 し掛けた。おい、恐がられる又は引かれるぞ、 相棒。そう思ったが女性は目を細めて俺が今手にしている絵本と同じものを手に取り口を開 く。

「はい、この…ピンクのワニが本屋に売ってあるって聞いて走って来たんです。まさか本当に売ってあるとは思わなくて…」

そして女性はゆっくりと一ページ一ページを黙読し始めた。その手つきは壊れ物に触れるかのように、真っ赤な血を連想させるようなイメージとは正反対な慈愛に満ちた瞳でパラリパ ラリと捲る。

「…凄い、一文字だって何も変わってない… ノートに書かれている内容そのまま」

そして絵本の話しは終わった。後ろの帯を見 た瞬間、女性は声を震わせぼろぼろと涙を溢れ出た。 俺と陽介はギョッとして驚いたが女性はただ眉を寄せて唇を噛み締めながら必死に涙を押さ え込もうとしている。そんな姿がとても痛々し かった。

「っ…、…神木さん、あの時…最期に見せた笑顔 と一緒ッ…!」

ぼたぼた、絵本のイメージカラーであるピンクが涙で滲み更に濃くなっていく。女性の言葉 を聞く限りこの著者の知り合いなのだろう。神木と言う人物は二年前に亡くなったと書かれて いた。病のせいだろうか、写真ではとても肌は 白く痩せ細る彼はそれでも幸せそうに笑ってい る。

「あの…大丈夫ですか?これ…」

陽介がポケットからハンカチを取り出して女性に差し出した。女性は我に返ったように顔を勢い良くあげると手の甲で乱暴に目を擦る。俺は慌てて止めようとしたが、先程とは違う…あまりにも明るく笑うから何も言えなくなった。

「…私、この人と話したことがあったの。最初 は何を言っているのかわからなくて、でも"絆"が見えたから話し掛けた。新しい"力"が 欲しかったから。でも神木さんと話して行く度 に痩せ細っては死に対しての恐怖を話すの。私は何も言えなくて、ただ日曜に会いに行くだ け。それしかできなかった」

絵本を閉じてぎゅっと抱き締める女性の言葉 に軽く引っ掛かったが話しを聞くと、神木さんが書いていたこの物語の続きを書くように促したと言う。そしてある日パッタリと会えなくなったらしい。

「不吉にしか感じなかった。人の死が怖いこ とはわかっていたはずなのに、不意に感じたあの幸せの中で彼の命が消えたと信じたくなかった。だけど、ある日神木さんのお母さんに会ったの。入院している時に私の話をしてくれていたらしくて泣きながら、あるノートを私にくれ た…それが、これ」

胸に収められたそれを見て、また涙が溢れ出 そうとするのを必死に堪えている。どうして泣 かないのだろうか、俺たちがいるからか…それとも…。

「病に侵されながら書いていたのがわかった。一文字一文字が歪んでいて、でも力強く書かれているの。…わ、たしッ…!」

「おい、お前なに泣いてんだっ!?」

女性の背後から現れた、少しいかつい男性が 驚いて女性の肩を掴んだ。そして俺たちをギロリと睨み付けてきた。陽介は情けない声を出して抱きついてきたが、…お前はどうしてシャドウとは闘えるのに駄目なんだ。情けなさすぎるぞ、がっかり王子。

「シンジ、違うの!私が勝手に泣いただけ」

グイッと力強く腕を掴んだ女性が止めた。どうやら恋人同士のようだ。男性は舌打ちをして 女性が掴んだ手を振り払いその手を握ったかと思うとズカズカと会計へと足を向かわせる。女性は俺たちに振り向き困ったように眉を下げるが、頭を下げてきたものだから俺も反射的に下げた。

「…あの人、あんな風に笑えるんだな」

先ほどまで泣いていたのに、男性の隣で泣きすぎたせいで目元を赤くさながらも無邪気に笑う女性が視界に入る。陽介が言うように幸せそうに笑う姿に何処か安心しながら手にしていた絵本を持って会計へと足を進める。

「え、それ買うの?」

「ああ、菜々子のプレゼントに」

ある森に全身がピンク色のワニがいた。

ピンク色じゃ目立ちすぎて獲物を捕まえること も出来ず、動物たちは気味悪がって近寄らなかった。

だからワニは一人ぼっち。

でもある一匹の飛べない小鳥が友達になった。 二匹は仲良くなりワニの頭の上で小鳥は歌ったりして一緒に過ごした。

ワニは獲物を取れずほとんど食べ物を口にしない日が続いた。

ある日、ワニの口の中で休んでいた小鳥を、ワニは寝ぼけて食べてしまった。 吐き出したけれど小鳥はすでに息絶えていた。

ワニは悲しくて悔しくて泣き続けた。そして、 ワニは流した涙に溺れて死んだ。 涙は小さな湖になった。

湖の周りには木が生い茂りおいしい実をつけた。 湖には森の動物たちが集まるようになった。

でも誰もその湖がワニの涙だとは知らない。 ピンクのワニがいなくなったことにも気づかなかった。

ワニが生きた意味はワニにはない。 だけど、動物たちにはワニが生きた意味がある。 たとえそれを誰も知らないとしても。

おわり





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