2011/08/16
チュンチュン、窓の外から聞こえて来た小鳥たちの鳴き声に目を明ける。もう見慣れてしまった天井に小さくため息をついた。ゆっくりと夏の暑さにやられてしまった体を起き上がらせて、べっとりと肌にまとわりついた髪を払う。チラリと壁にぶらさがったカレンダーに目を向けて日付を確認していると、此処に来てもう4ヶ月も経っていて正直ビックリした。そう、もう4ヶ月も経つんだ。あの日から…ポートアイランドに来て巌戸台分寮に足を運んで数日経ったあと、あのペルソナ召喚から…。
あの日からすべてが変わった。
私が今まで送って来た日常とは180゚違う世界に放り投げられた。シャドウとの戦い、人と人を繋ぐコミュニティ、過去に大人が犯してしまった過ちを拭うために、真実を見つけるためにタルタロスを登り続けながら学校にも通って…自分の1日を振り替えると良く4ヶ月もの間グレなかったもんだと苦笑が零れた。
pi pi pi !
携帯が鳴り響く。こんな朝早くから誰?起きたばかりの脳に響く着信音と、この夏特有の蒸し暑さもあり苛立ちながらも携帯を荒々しく手に取った。ディスプレイにはテオの名前が映っていた。受話ボタンを押して耳に当てて、もしもしと声を出すと予想外にも擦れた声が出て驚いた。それはテオもらしく、一瞬間を開けてから凛とした声が鼓膜を震わせる。
『…おはようございます』
「おはよう、テオ。またタルタロスに迷い込んだ人がいるの?」
いい加減鬱陶しく感じて来たタオルケットを体の上から退かして、気だるい体を何とか起き上がらせると一目散にカーテンを開けた。眩しい陽射しに目が痛み眩暈が襲う、ああ…これは熱中症かもしれないなぁ…なんて思いながらも窓を開けた。ジワジワと湿ってなま暖かい風が部屋の中に入って来たけど、ちょっとはマシになるでしょう!
『もし、聞いていますか?』
「へ、なんか言った?」
部屋の中に設置された冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して一口飲めば、カラカラに渇いた喉が潤っていくのがわかる。しかも胃に冷たい水が入っていくのもわかってしまう、…ちょっと変な気分だ。
『…今から愛様のお部屋にお邪魔させていただきます』
「……、…はい?」
するとテオはもう一度同じ言葉を残してブチリと電話を切った。…待って、ちょっと待て。今テオはなんて言った?今から私の部屋に来るって言ったの?私がベルベットルームに行くとかの間違いじゃなくて?テオの言葉に対して考えていたら、グルグルと眩暈がまたしてきた気がする。しかも頭はガンガンするし…立っていられなくて壁に背中を預けて、意外にも力が入らないことに驚きながらも体は勝手にズルズルと下に向かって、しゃがみ込んでしまった。
熱中症ってこんなにもツライものだったっけ?しかもなんか吐き気までしてきたし…サイアク。今日はゆかりと一緒に昼から買い物に行く予定なのに、それまでにはなんとかしたいと思うのに体が重くて動かない。どうしようかと冷静に考えている自分に驚きながら風で揺れるカーテンを見ていた時だ。
コンコン、と軽やかなノックが聞こえた。私はできるだけお腹に酸素を取り込んで声を張り上げた。
ガチャリ、ドアが開けば涼しそうな青色の独特な服を着た男が立っていた。ああ…テオか、私は手を左右に振った。ら、表情を歪ませてしまった。
「あなたは…なにをしているんですか」
「なにって…座ってる?」
私の一言に更に眉を寄せたテオに空笑い、なにをしているって聞かれたらこう言うしかないと思うのは私だけ?とりあえず水をもう一度飲めばテオが額に触れてきた。手袋をしているから普通は感じることはないはずなのに、冷たくて今の私には丁度いい体温だった。目を閉じて体中に籠もっている熱い空気を吐き出すためにハァ、と二酸化炭素を吐いた時だ。急に体が浮いた、ふわり、と。視界には私の膝と青色…テオがいわゆるお姫様抱っこを私にしたのだ。普段ならツッコミを入れるはずなのに、今は声を出すのも億劫で私はされるがままになっていた。
ベッドの上にまたふわりと優しく降ろしてくれた。
「軽い熱中症みたいですね」
「やっぱり?あー…サイアク」
ゆかりとの約束がパーになってしまった。夏期講習中に約束していたのに、ごめんね、ゆかり。そう本人に伝わるはずがないのに心の中で謝っていると、心配そうな表情を浮かべて私を見つめてくるテオに心が和らいだ気がした。初めて会った時、テオはミステリアスな雰囲気を漂わせていたはずなんだ。なのに彼を知れば知るほどに、本当は優しくて世間のことに対して無知で子供みたいに純粋で無邪気なんだと改めて思えば、私がどうにかしなきゃと母性本能がくすぐられてしまう。
「大丈夫だよ」
「あなたの大丈夫は信用できません」
「あははー…」
取り敢えず笑い流そうとすると更にテオは穏やかな瞳が鋭さが増した。おおう、怖い怖い!普段優しい人が怒ったら、そんなことを思い出しながらも私を看病しようとするテオがどことなく、頼りがいがあるような気がしてる。
「? どうかなさいましたか?」
首を傾げ頭上にクエスチョンマークを浮かべるテオは普段の何も知らない小さな子供のようで私はクスクス笑ってしまった。何処かで安心している。ああ、私はテオに対して何を考えているんだろう、熱中症で頭がやられたに違いない。
「いいですか。ちゃんと水分を補給してください。人の体の―…」
「それくらいわかってるよ。テオは心配し過ぎ」
上体を起こしてテオが持っているミネラルウォーターを口にしていると、月のような瞳が私を鋭く見つめていた。
「…あなただから心配をしてしまうのです」
「テオ…?」
哀しみを浮かべた表情に私は瞬きを繰り返した。瞬間、目の前を通る青い蝶―…。
「……!」
本当に何気なく、自然に流れ入る沢山の"記憶と絆"たちに私は熱中症なんて忘れるくらいに勢い良くカレンダーを見た。これからまた繰り返されて行くであろう、絶望と希望たちがあと少しで始まろうとしている。そうして、この記憶も感覚も暫く経てば再び忘れてしまうんだろう…。
私の肩に手を置いたテオの手に触れて、何も言えないままカレンダーに頭を押しつけた。
to be continued…→