メリークルシミマス? / 鳴上 悠
ふと、テレビを見ているとこの季節にはお馴染みの曲が流れてきた。
ああ、そういえばもうすぐクリスマスか。
なんて考えながらくすりと笑みをこぼした。
懐かしいなぁ。
去年のこの季節のことを思い出す。
聖なる夜。
街は色とりどりのイルミネーションで彩られ、行き交う人々は皆どこか嬉しそう。釣られてなんだか私も気分が高陽して、その後に現実を再認識した時のダメージが半端なものではなかった。
ハァァァァ、と重いため息をつくと後ろで順番待ちをしていたお兄さんがびくりと肩を揺らしたのが見えた。
こんな日に一体何をやっているんだ私は。
元々は彼とこの日を迎えるはずだった。
そのつもりでケーキだってチキンだって予約した。
それなのに、このザマだ。
つい一週間前に告げられた別れの言葉は今もまだ耳にこびりついている。
こんなものわざわざ取りにこないでキャンセルしてしまえば良かったのに、それをしないで今こうしているのは意地だった。
そっとかじかんだ手を口元に当てて息を吹きかける。
ちっとも温まらない手は、まるで自分の心のように冷えきっていた。
「お待たせいたしました!お次のお客様どうぞ!」
「あ、はい。」
サンタのコスチュームを身につけた店員に笑顔で袋を渡される。
その笑顔が辛いです。
でも、きっとこんな日に働かなきゃいけなああなたも辛いですよね。
お疲れ様です。
あーあ、意地でこんなことしてみたはいいものの、このチキン本当にどうしよう。
専用のクリスマスパックに包まれたチキンを受け取り、店を後にしようとした。
その時だった。
「え!予約されてない!?」
「は、はぁ。」
出口まで来ていたけれど、そんなこともあるもんだな、となんとなく気になり後ろを振り返るとそのやりとりをしていたのは先ほど後ろに並んでいたお兄さんだった。
よく見れば、灰色のフワフワとした髪が印象的のイケメンだった。
落ち込んだ様子でカウンターからこちら側へ歩いてきたそのお兄さんは、クマに頼むんじゃなかった…なんて呟いててなんだか怖い。
私の横をすり抜けていく灰色の彼は、困ったようなで肩を落として店を出ていった。
家に楽しみに待ってくれている人がいたのだろうか。
じっと自分の持つ袋を見つめる。
元々、そんなに食べたかったわけじゃない。
ここまで来たのはただの意地だった。
ギュッと袋を握りなおすと、店を走って出た。
灰色の彼はまだ近くにいて、誰かに電話をかけようとしているところだった。
「あの!!!!」
「え、俺、ですか?」
「そう!君!これ、どうぞ。」
「…え?いや、でも…。」
「私、これいらないんです。処理に困ってたので良かったら貰ってください。予約できてなかったってさっきお店で言ってたから。」
「いらないって…。」
「一緒に食べてくれる人もいないんで。」
そう言うと彼はやっと袋を受け取ってくれた。
「…じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます。」
良かったと笑いかけると、彼はほっと安心したように笑った。
あれ。なんだか、ちょっとスッキリしたかも。
今まで意地になっていた気持ちがいい事をしたからか、少し安らいだ気がした。
そんな些細な心の変化に驚いている私の横では、灰色の彼が嬉しそうに携帯でメールを打っていて、なんだか私まで嬉しくなって思わず笑ってしまった。
それをじっと彼が見つめていたなんて、その時は全然気づかなかったけど。
「俺、鳴上悠っていいます。お姉さんは?」
「え?…名字名前です。」
「名前さん、良かったら連絡先教えてくれませんか?」
さすがにそれは断ろうとしたが、お礼の為にと言ってどうしても聞かなかったので仕方なく教えると、とても嬉しそうな顔をしていたから文句は言えなかった。
そして連絡先を交換し終え、それじゃあなんて言ってその場を離れようとした時、グッと顔を近づけられて。
お礼は、また今度。必ず。
鳴上くんが居なくなった後も赤くなった耳元を押さえて私はその場に立ちすくむしかなかった。
まさか、あんな声で、しかも耳元で囁かれるなんて思わなかった!
いや!別にお礼を期待して渡したのではない!断じて違う!
でも、少しだけ。
少しだけ、彼からのお礼を期待してしまった。
「う〜…!!よし。帰ろう。帰って呑もう!」
そうと決まればダッシュだ!
今ならあのテレビの放送時間に間に合うかも!
くすぐったいような、叫び出したいような気持ちを胸に抱きながら、私は走り出したのだった。
それが去年の出来事。
あれからもう一年も経ったのか。
早いなー、なんて物思いに耽りながら私は暖かい部屋の中でゆっくりと体を侵食していく微睡みに身を委ねた。
今思えば、去年のクリスマスも案外悪くないもんだったなぁ…。
メリークルシミマス? (今年のクリスマスもチキンを予約しなきゃ。)
ピコン
鳴上悠
(今年のクリスマスは一緒に過ごしましょうね。) [ 6/8 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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