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「ウグゥッ!?」

久しぶりの休み。存分にベッドでゴロゴロしようと思っていたら鳩尾に勢いよく乗っかられた。なんという的確な攻撃。

「ナー(いつまで寝てるの)」
「はい、すみません。ご飯ですね、起きます。」

猫には平日も休日も関係ないらしい。脅しのようにちらりとのぞかせる鋭い爪が怖い。お猫さまめ、とうとう脅しという高難易度な技を覚えてきたか。
しかし攻撃までの猶予を与えてくれるようになったのは喜ばしい。

「……あ、やば。」
「……」

冷蔵庫を開けて思わず声をもらす。
ジト目でこちらを見上げるお猫さま。はい、想像通りでございます。

「ご飯、切らしました。」
「……ニャニャ(バカ)」

すっからかんの冷蔵庫。中は新品同様でとても綺麗だ。生活力の無さがうかがえる。下から向けられる呆れた視線が痛い。
さてどうしようか。

「……キャットフードならありますよ。」

ちらりと下を見れば、小さな口から鋭い牙がキラリと光る。ああ、今日こそは傷なしで一日終われると思ったのに。

本日第一回目の悲鳴が部屋中に響いた。

──────

「じゃあ色々と買ってきますから。」

軽くメイクをして髪を整えて。珍しくお見送りにきてくれたお猫さまに満面の笑みを返す。
先程噛まれた足が少し痛むが、一月前に病院送りにされた傷のことを思えば可愛いものだ。

一応、引っ掻く際や噛む際は気を使ってくれているらしいのだが……気を使うくらいなら噛まないでほしい。

「行ってきまーす。」

扉を閉めて鍵も閉めた。
さて、まずは洗剤を買いにいって。次にちょっとした猫の遊び道具でも見にいってみようか。最後に市場で食材の買い出しっと。

ポケットに手を突っ込みながら道を歩く。「きゃー、かわいい」「モデルみたい」後方で女の子たちの声があがった。
かわいいモデル?声につられて後ろを見る。

塀の上をしゃなりと歩く綺麗な黒猫。うん、確かにかわいいモデル体型だよ。

「ニャー(暇。連れてって)」
「どうやってここに……あ、窓の鍵開いてた。」
「ンニャ(まぬけ)」

ここまで来て戻るのも手間だ。好きなところに行くだろうし放っておこうか。

しかしお猫さまは後ろをずっとついてきた。すぐにどこか行くと思ったのに……まさか買い物に付き合ってくれるつもりでいる!?

「……あの、よければ抱いて歩きましょうか?」

人も増えてきたし危ない。
引っ掻かれる覚悟でそう問いかければ暫くの沈黙。

「ニャッ(じゃ、よろしく)」
「え、わっ」

すごい脚力でジャンプ。一気に胸に飛び込んできたお猫さまをキャッチすれば幸せの重みを感じる。
うわぁ、感動。初めて合意の上で抱っこした。大人しく腕の中に収まるお猫さまに対して笑みがこぼれる。

「ニャ(なに)」
「いーえ、なんにも。」

嫌いな人混みに初めて感謝する。少し手に力を込めて抱きしめてみても拒絶する反応は見られない。

《高くそびえ立っていた心の壁が壊れていってるのは気のせいではないはず》

「……あったかい」