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黒い猫を拾ったのは先月。滅多に積もらない雪がこれでもかと降り積もるくらい寒い夜。ひとり寂しく街灯に照らされながら帰り道を歩いていた。片手には冷めてしまったコンビニ弁当とお酒。
身だけではなく心まで凍えそうな夜にその黒猫と出会った。
ふと前を見ると街灯に照らされた赤。それが転々と路地裏へ続いている。その赤の続く路地裏へ視線を向けると怪我をした猫がいた。
猫らしからぬ妙な威圧感を纏って「近寄るな」と言わんばかりにこちらを睨み付ける黒猫。
「こっちにおいで、手当しよう。」
死なれたら寝覚めも悪いので、半端強制的にその子をうちに連れ帰った。
これが我が敬愛すべき黒猫さまとの出会いである。
「ただいまー。」
今日も今日とてお出迎えはない。
拾ってから二週間は大変だった。顔を合わせればまずは唸られるところから始まる。抱き上げようとすれば噛まれるか引っ掻かれるかの二択で、手は傷だらけだ。
出会い当初、手当の際に引っ掻かれた傷は未だに治らない。あれは痛かった。
しかし今は引っ掻かれることも減ったので、少しは打ち解けたと言えるだろう。
「ご飯食べましょー。今日はお肉です。」
リビングの食卓にスーパーのお惣菜値引き品をぽんぽんと出していく。寝室の奥からゆったりとした動きで黒猫が現れた。
この子のご飯は帰り道にある肉屋さんのちゃんとした鶏肉だ。この一つだけで三つのお惣菜以上のお値段。それを茹でて皿に盛る。
元々はかなりいいところの飼い猫だったのだろう。その辺のスーパーで売っているキャットフードを与えてみても興味を示さない。試しに高級キャットフードを出してみたが「殺すぞ」と言わんばかりに睨み付けられて終わった。
適当なものを与えた日には手と顔が引っ掻き傷だらけになることは想像に難くない。
「ニャー(いただきます)」
「はい、どうぞ。」
今日もきちんと佇まいを正してご飯に一礼。
いつも凶暴なくせになんて礼儀正しい。
彼が食べだしたのを確認して、やっと惣菜に箸をつける。なんだかこの子より先に食べだしてはいけない気がしてしまうのだ。
「あ、そうだ。お猫さま、デザートにリンゴがありますよ。」
「ナー(ありがと)」
つい顔がにやける。この返事をするような鳴き声がとてつもなく可愛い。
「お猫さま。」
「ニャー(なに)」
「お猫さま。」
「ナァ?(なに?)」
「お猫さま。」
「フシャァアッ!(しつこい、殺すよ)」
「すみません、調子乗りました!」
返事を返してくれるのが嬉しくてつい。
はじめは返事もしてくれなかった。まず名付けの段階でつまずいた。何を言っているのかはなんとなーく分かるのだが、流石に名前をピンポイントで当てることはできない。
「クロ」「タマ」「ジジ」「ブラック」「ドライ」様々な候補を絞り出したがあえなく失敗。思いついた名前を口にする度に噛み傷と引っ掻き傷が増えていった。
結果「お猫さま」と呼ばせていただくことになったのだ。
「ニャー(リンゴ)」
「あ、デザートですね。少々お待ちを。」
これじゃあどっちが飼い主か分からない。
空っぽの冷蔵庫から食べやすいようなカットしたリンゴを取り出す。お猫さまがやってきて、存在意味のなかった冷蔵庫が役立つようになってきた。
「ニャアッ!(遅い)」
「いったぁあっ!?」
睨み付けてくる黒い瞳。君がきて色々と変化があったなぁ、なんてしみじみと考えていたのに何するのこの子は!
足にまた引っ掻き傷が増えた。
「はいはい、どうぞ。お召し上がりください、お猫さま。」
「ナァー(いただきます)」
シャリシャリと食べ始めた彼を離れてジッと見つめる。ああ見ていれば可愛い。いや、普段も可愛いけれど引っ掻いてこない位置から見てるとなお可愛い。
引っ掻かれるのも噛まれるのも痛いけど、彼がこのうちに来てから帰ってくるのが楽しみになったなぁ。
ニヤニヤしながら見ていると、パチリと目が合う。あ、やばい。
「……」
「や、無言やめてください。可愛いなぁって見てただけで、すみません!痛いです!」
《自己中心的なお猫さま。そろそろ何でもかんでも爪か牙で解決しようとするのはやめませんか》
また新しい傷が増えた。