「なぁに、だんまり?笑いなさいよ。満足なんでしょ、私の邪魔できて」

笑った瞬間にその顔面突き刺してやる。
忌々しげに歪められたナマエの顔。普段のヒソカなら、ナマエが殺気を向けた時点で嬉しそうに笑う。しかしどうしたことか、ヒソカは一度も笑わない。
ほんの少し冷静さを取り戻したナマエは怪訝そうにヒソカを見下ろす。組み敷かれたヒソカも、ナマエと同じような顔をしていた。見慣れないものを観察するような視線を受け、初対面の人物と対面するような妙な緊張感が流れた後、やっとヒソカが口を開いた。

「……お前、誰?」

「は?」とナマエの口から声が漏れる。ヒソカは、こんなつまらない嘘をつく奴だっただろうか。ヒソカは、こんな無機質な目をする奴だっただろうか。答えは否、己が組み敷いているのはヒソカではない。では誰か。
考えていると男の手が、ナマエの首に伸びてくる。そのゆったりした、時がゆっくり流れているかのように錯覚させる手の動きを見て、一人だけ思い当たる人物がいた。ナマエは、首を掴まれる直前に後ろへ飛びのき、ゆっくり起き上がる男を大きな瞳でジッと見つめてニコリと笑った。

「なぁーんだ、ヒソカかと思った。びっくりさせないでよ」
「あれ、バカっぽい。おかしいな、さっきは別人みたいだったのに」

ヒソカの顔がビキビキと歪む。骨格が変わってゆく。奇抜な色の髪が黒く変わり、長く伸びる。
一体いつから入れ替わっていたのか。正体を現した人物を前に、ナマエは嫌な顔一つせずケラケラと笑った。

「失礼しちゃうなぁ。私、イルミもビックリの天才レベルで賢いのに」
「自分のバカさ加減を自覚できないなんて、可哀想な頭だね」
「え、バカみたいに賢い頭?自覚してるよ、知ってる」
「もしかして病院なんかに頼らずオレがその役に立たない耳と脳を取り替えてやったほうがいいのかな?ここで今」
「いや、この耳と脳が私に合ってるからノーチェンジの方向で」

耳を両手で隠してふるふると首を横に振る。イルミはそんなナマエを見て、ほんの少し眉をひそめる。今、目の前にいるのは見慣れたナマエだ。なら先程の冷たい目をした女は一体誰だったのか。分かりやすく向けられた殺気はまるで子供の癇癪のようで、未熟な、しかし必死さが伝わってくるものだった。「さっきの何?」そうイルミが問いかけようとしたところで、ナマエがコテリと首を傾げて床に転がる死体を指差す。

「で、どうしたの?ヒソカの変装なんかして。もしかしてこいつ、イルミのターゲットだったりした?」
「いや、ナマエがどんなハニートラップをするのか見にきてやったんだよ。お前みたいな奴が色仕掛けできるのか気になってさ。
そういえばヒソカが今夜あたりにナマエの手伝いするって言ってたなーって思い出したから、変わってもらった」

「私だってこれくらいできるのに」と頬を膨らませるナマエには既に暗殺者の「あ」の字を感じさせる雰囲気もなく、毒気を抜かれたイルミは小さく息を吐く。ベッドから降りて腕を組んで立つと、ナマエの頭からつま先まで不躾に眺めた。手抜きの服を着た一般人がプロ審査員にファッションチェックをされているような、そんな視線を一身に受けたナマエは居心地の悪さについ明後日の方向に顔を逸らす。

「どうだか。そんな変なメイクしてやっとだろ。オレならもっと上手くやる」
「どうしよう、返す言葉もない」

道端に落ちていた小石を蹴るような可愛らしい仕草でコツンとターゲットの頭を蹴ったナマエは、んー、と小さく唸り「でも、ベッドに連れ込めたんだから成功は成功でしょ?」といじけながら呟く。いくら変なメイクをしていようが、成功は成功だ。それはイルミも認めるらしく「まあね」と相槌を打った。

「で?オレが言ってるのはそういうことじゃない。何でこんな奴とキスしようとしたわけ?お前ならもっと早く、この部屋に入った時点で殺せたはずだよね」
「……。」
「ああ、もしかして本当にこんなのが好みだった?楽しんでから殺そうとしてたなら悪かったよ。まさか男の趣味が最悪だとは思わなかったし、見ていて不快だったからつい手が出ちゃったんだよね。それに嗜虐趣味もあるんだろ?今後の参考にどんなことしようとしたのか教えてよ。ねぇ、黙ってないで何か言ったら?」

捲し立てるような言葉を聞き、口をへの字に曲げて難しい顔をするナマエは「んー」とか「あー」などハッキリしない低い声を発して、最後に一人「うん」と納得してからイルミの目を見た。

「つまり、嫉妬してくれている?」

そうナマエが言い終わるや否や、イルミの拳がナマエの顔目掛けて勢いよく突き出された。ギリギリの距離でその拳を躱したナマエはニヤニヤと笑う。
精神を乱して本音を聞き出すつもりが、失敗した。苛つかせられたのはイルミの方だ。それも、イルミが言った言葉より短い言葉で。

「あれ、違った?こんな奴とキスなんかするな、見ていられなくてつい手が出ちゃったよって意味じゃないの?」
「あんまりふざけたこと言ってると殺すよ」
「えー、今後の参考に私の好きなプレイを教えてって聞こえたんだけどなぁ。ねえ、イルミ。私とキスしたい?イイことしたい?」

からかうように、しかし妖艶に笑う。
イルミが少しムキになってくれるのが嬉しくて、ついからかってしまった。人間、饒舌になるのは怒っていたり焦っていたりするときで、言葉より先に手が出るのは図星を突かれたときだ。

「な、ン」

ナマエは喜びに満ちた顔で「なんてね」とおどけようとした。黙り込んだイルミに少し悪いな、と思ったからだ。からかうつもりではあっても、困らせるつもりはなかった。
しかし「なんてね」は言葉にならず、代わりにナマエの唇を塞ぐように柔らかいものが触れた。至近距離に、真っ黒い目がある。イルミにキスをされていると気づいたのは、ぬるりとしたものがナマエの唇を濡らした後のこと。

「〜〜〜っ!?」

反射的に、ナマエはイルミを突き飛ばした。口元を押さえてあわあわとするナマエに対し、イルミは涼しげな顔で自身の唇を舐める。月明かりに照らされて色気に磨きがかかり、ナマエの顔は真っ赤に染まる。

「ところでお前のイイことってどこまでか分からないんだけど、セックスまでしていいの?」
「お、落ち着こう!?落ち着け!私が悪かったから!」
「はは、謝る必要なんてないよ。キスもイイこともしていいんだろ?」

ゆっくり、だが着実に迫り来るイルミから間隔を詰めまいと、ナマエはイルミが迫ってきた分だけ後ろに下がる。しかしとうとう背に壁が当たり、逃げ場がなくなった。ジリジリとイルミが迫る中、ナマエは必死に逃げ道を探す。あと数歩歩けば触れることができる距離で、イルミがナマエを逃すようなマヌケな真似はしないだろう。「別に好きなんだし、身体を許してもいいんじゃないか?」と内なるナマエが言うが、他の大部分が「そんなことしてみろ。本当に欲しいものが手に入らなくなるぞ!」と大反対する。
もう少しで、イルミの手がナマエの頬に触れる。心臓が破裂しそうなくらい跳ねる中、ナマエの視界の端に飛び込んできたのは床に横たわるターゲット。

「っ、キャァーーーッ!!だれか、だれか来てーー!!旦那様が、旦那様がっ!!!」

ナマエの甲高い叫び声に「なんだ!?」と廊下の奥が騒がしくなってくる。イルミは分かりやすく顔をしかめて、胸を押さえて息を乱すナマエを見下ろした。

「オレを犯人に仕立てる気?」
「嫌なら早くその窓から逃げて」
「自分から誘ってきたくせに。案外自分勝手だね、お前」
「からかってたの!お詫びはまた今度するから、早く行って」
「お詫び?」
「この仕事の報酬額の8割あげるから」
「分かった、またね」
「現金にも程がある」

その後、部屋に飛び込んできた警備員に泣きつき、状況を説明。警備員の通報により駆けつけた警察に事情聴取を受けてパーティーはお開きとなった。ターゲットの殺され方は切り口など一切見当たらない鮮やかな手口で、病弱な箱入り娘設定のナマエは容疑者から外されたのだ。ナマエの説明や現場を見て、プロの暗殺者の仕業だろうと警察は判断したらしい。
ゴタついた終わり方ではあったが12時より前に撤収できたことにより依頼は達成。ナマエの口座には成功報酬として大金が振り込まれ、その八割をイルミに、二割をヒソカに分けることによってシンデレラミッションは幕を閉じた。
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