自分に寒色系が似合わないことくらい知っていた。カゴの中に入れられていく青や緑や紫は元々青白い肌を更に白く、病的に見せてしまう。そんなの男受けすらしない。
けれど、そんなことはどうでもいい。どれだけ似合わなくても、イルミが選んでくれれば満足だった。ナマエは寝室のドレッサーの上に化粧品を並べて、口元に笑みを浮かべる。

初めて会ったときから、イルミに惹かれていた。何かきっかけがあったわけではない。自分でもなぜ彼に惹かれているのか分からなくて、彼のことをもっと知りたくて、報酬にイルミの時間を少し貰うことにした。それからイルミを好きになるまで、時間はかからなかったと思う。結局、なぜ惹かれたかの理由は分からぬまま。ナマエはそれを人間が持ち合わせる本能だと結論付けた。

一体あの買い物で何度、彼は私のことを考えてくれていたのだろう。律儀に似合わない色を考えて、カゴに入れて。あの瞬間、確かに私は生きていた。

「このオレンジ、どうしようかな。」

最後にぽつりと呟かれた言葉。その後のしまった、と無表情の中に垣間見えた感情。それを思い出せば、ナマエの胸はポカポカと春の陽気のように温まって、色とりどりの花が咲いていくようだった。
正真正銘、イルミが認めたナマエに似合うもの。特別なオレンジ。無論、今回の仕事に付けていく気は更々ない。彼女は大切そうにオレンジのチークをドレッサーの中央奥に飾った。

「やぁ、こんばんは。随分と嬉しそうだね。」
「いらっしゃい。普通に玄関から入ってきてくれればいいのに。」
「こっちの方が早いんだよ。」

窓を開けて入ってきた男はナマエの友人である。
ぴっしりとシワの伸びた黒いスーツ、おろされた髪、メイクなしの素顔は、普通のイケメンのように見えるが、普通のイケメンとは20階の高さにある部屋の窓から不法侵入はしない。彼は自称奇術師と名乗り、ナマエと同じ裏社会の人間であり、今回の仕事の協力者でもあった。

「今夜はよろしく、ヒソカ。」
「こちらこそ。じゃあまずは化粧を施していこうか。」
「よろしく。その間に仕事の再確認といこう。」

互いに手際よく準備を整えていく。前髪をあげて椅子に座ったナマエに対して、ヒソカはドレッサーの上に道具を広げていく。事前に使う化粧品は並べているため、すぐに化粧は行える状態ではあったのだが、それらを見たヒソカは思わず手を止めた。

「……これ、使うのかい?」
「そう、何か不都合ある?」
「ボクでもびっくりなセンス。こんなのつけたらハニトラ以前にターゲット以外の男も逃げてくよ。ゾンビにでもなるつもりかな?もしそうなら素晴らしい色選びだけど。」
「じゃ、褒めて。ゾンビではないけど、テーマは病的な少女。あなた、普通のメイクよりそういうものの方が得意でしょ?だからヒソカにメイクも頼んだの。」

今回の依頼は、名付けるならばシンデレラミッション。
今夜行われるパーティーの間に、主催者のターゲットのみを殺害しなければならない。期限は今日まで。ターゲットが一人になるのは女の物色を終えた後。決まって一人の女を連れて寝室に籠るらしい。その一人に選ばれれば、後は簡単。殺害方法は自由。12時の鐘が鳴るまでに退散すれば依頼達成。

さてどうやってターゲットの御眼鏡にかなってやろうか。ナマエは一日中、考えた。
今まで選ばれた女性の見た目は皆、年若く可憐。時には年端もいかない女の子まで選ばれていた。彼女たちの共通点は貧乳、若い、弱そう。この三つ。

「それ、普通に可愛い格好をすればよかったんじゃない?」
「私も初めはそう考えた。でも近年のデータ上、ターゲットはそういった遊びに慣れすぎてアブノーマルを好むと考えられる。そんな奴に病的で今にも死にそうって女の子を差し出せばどう?生きるも死ぬも自分次第。とても楽しいプレイの始まりだ。」
「今キミ、すっごく悪い顔してるよ、ナマエ。」

今回の仕事は被害者少女たちの両親からの依頼である。依頼が難しい分、依頼金も高い。
ナマエの嫌いなものは立場の弱い女の子にまで無理矢理手を出すクソ男である。きっちり殺らねば、と知らずの内に気合いが入った。

「身体を差し出すつもりは更々ないの。せいぜい、ベッドへ一緒にもつれ込んでやるくらい。キスは状況に応じて。
その後は、ヒソカにも手伝って欲しいんだけど。」
「いいよ。報酬はたっぷり貰うわけだし、少しは手伝わないとね。」
「ありがとう。まず、寝室の前のボディーガードに扮して私たちを待ってて。しばらくしたら中に入ってきてほしい。そのパーティーのスタッフとボディーガードは日雇いらしいから、一人くらい違ってもバレないよ。寝室の見張りは二人。ヒソカがそのうちの一人になるとして、もう一人は殺さないで、気絶させるだけでお願い。もし他のスタッフにバレてもスマートに気絶でよろしく。」

問題はここからだ。ナマエの口から紡がれた言葉に、ヒソカは股を押さえて青ざめる。

「中に入ったら、ターゲットの陰茎を握り潰して。後は私が全部やるから。」
「……キミ、たまに怖いこと言うね。ターゲットの息子をボクがヤるのはともかく、切るんじゃダメかい?」
「え、だってスッパリ切るよりじわじわ握り潰す方が痛いでしょ?今回のターゲットにはとびきりの苦痛を与えたい気分なの。」

可愛い顔をして残酷なことを言い放つあたり彼女もまた、紛れもない人殺しなのだ。病的な青白いメイクを施した顔が妖艶に笑う。
己の手で腐りきったモノを潰さなくてはならないと思うとテンションも何も上がらなかったが、ヒソカは仰々しく椅子に座るナマエの前に膝をつき、青白い手を取る。

「仰せのままに、プリンセス。」

彼女の刺激的な姿が見れるならば、悪くない。ヒソカは細い指に軽く口付けた。まるで王子様がお姫様に挨拶をするように。
様にはなっていたが、ロマンスは生まれない。二人は男女である前にお互いにとって数少ない友人であった。

「それじゃあ、行こうか。現地で落ち合おう。」

ここからは別行動になる。招待客の令嬢とボディーガードが共に現れれば、その時点で怪しまれてしまうからだ。綿密に練った計画、失敗はしない。ナマエは玄関から、ヒソカは窓から、同じ目的地に向けて足を進めた。

星光る夜空の下、静寂に相応しくない携帯の着信音が鳴り響く。
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