「あ、これ可愛い。」
「それよりもこっちの方がいい。」
「えー、青かぁ。」
「なに。男目線で受けるやつ欲しいんじゃないの?」

有無を言わさずカゴに入れられていく寒色の化粧品。ナマエが持っていた暖色の化粧品は次々とイルミの手によって元の場所に戻されていく。

化粧品を多く取り揃える雑貨店。流行り物も多く、客層は若年女性やカップルが多い。白い棚に並ぶカラフルで可愛い商品を彼、彼女たちは思い思いに物色する。
そんな中で二人組の男女が買い物をしていようが誰も不思議に思わないし、会話に耳をそばだてられることもない。

例えそれが暗殺者だろうと、物騒な会話をしていようと、事を起こさない限り気にする客はいない。ナマエたちにとってはいい買い物スポットだといえるだろう。

「イルミはこれ好き?」
「は?オレ好みじゃなくって男受けするやつを選びに来たんでしょ。」
「そうだけど、イルミだって男じゃん。イルミから見て、いま選んでいったやつどう?好み?」
「いや、全然。ていうかオレ、あんまり色の好みとかないんだよね。似合えばそれでいい。」
「じゃあ、変装中によく使ってるダークカラーは?」
「あれも似合うから使ってるだけ。」

黒いスリットの入ったマーメイドドレスをイルミはよく女装変装時に着用する。女装、といっても針で身体の構造を変えて、完璧に女性になってしまうから女装とはいわないのかもしれないが。
イルミが女性へと化けた姿は女のナマエでも惚れ惚れするような気品と美しさがある。スリットから覗くスラリと伸びた長い足に、まとめ上げられた美しい黒髪、黒髪に映える白いうなじは男を魅了した。
ノーメイクでも美しい顔なのだが、その白い端正な顔にダークカラーを加えれば、イルミ嬢の美しさは尚一層際立った。

似合うから使っているだけ。そこに好き嫌いといった感情は一切ない。かといって、全く好みがないわけでもない。イルミはふと、三番目の弟の色を思い浮かべて、ほんの少し目を細めた。

「わ、見て見て。私の身体、透けてるよ。」
「まずそのカゴを置いてからその嘘ついたら?透けてる奴は物なんか持てないよ。」
「なんで?透けていても持てるかもしれないよ。透明人間とか、それこそ力のある幽霊とか。」
「いい加減、その訳の分からない嘘やめたら?念ならともかく、幽霊なんていない。いても生きてる人間と同じことはできない。」
「なんで?」
「そんなことができたなら、オレたちはとっくに死んでる。」
「すっごい説得力。」

ナマエはケラケラと楽しそうに笑う。
幽霊とは、死者が成仏できずにこの世に迷い出て現す姿。見えもしない、会話もできない、触れることもできない。いるのかいないのかすら分からない、非常にあやふやな存在だ。
そんなものがもし本当に実在して、生者と同じようなことができたなら。暗殺者であるイルミやナマエはとっくの昔に殺した人間によって殺されているはずだ。しかしイルミたちは未だに死んでいない。
これがイルミが幽霊はいないと言い張る理由であった。そんなものがいると想像するだけで吐き気がする。

「オレはそんな存在許さない。こっちからは手も出せない、確実に家族に害をなす存在はいてはならないし、いるわけもない。分かったら今後一切、その嘘を吐くな。」
「害のない、可愛い幽霊は?私みたいにキュートな。」
「はは、冗談上手いね。鏡見たことある?」
「うん。毎朝、可愛い私が映ってるよ。」
「その鏡、買い直した方がいいよ。それと眼科でその節穴な目も変えてもらってきたら。」
「もしかして、私はいま凄く侮辱をされている?」
「よく分かったね、エライエライ。」
「ふふ、褒められちゃったー。あ、これも可愛い!」
「……その役立たずな耳も取り替えた方がいいね、脳も一緒に。」

決して褒めてはいない、全力で貶しているのだ。
周りの客が遠ざかっていくほどの怒りを一身に向けたにも関わらず、ナマエはマイペースに買い物を続けていく。怯える様子もなく、可笑しな冗談まで言いだすものだから怒ることすら馬鹿馬鹿しく思えてきて、イルミはナマエの手元に意識を向けた。

ナマエの持つオレンジのチーク。カゴの中にある物よりは余程彼女に似合うだろう。当然だ。イルミが選んだものは厳選に厳選を重ねたナマエには似合わないものなのだから。それらと比べれば大抵のものは彼女に似合う。しかしその手にある物はそんな物と比べずともナマエに似合うだろう。イルミは知らずのうちに声を発していた。

「いいんじゃない。」

パッと彼女の顔が華やぐ。そのチークを宝物のように両手で握りしめて、嬉しそうにイルミの顔を見る。

「じゃ、じゃあ買ってくる!ありがとう、イルミ!」
「え。」

レジへと駆けていく後ろ姿を眺めて、しまった、と思う。似合わないものだけを買わせるつもりだったのに、本当に似合うであろうものまで選んでしまった。
ナマエはきっと、仕事にあのチークを付けていくのだろう。イルミは彼女が大切に握りしめていたものと同じ商品を手に取り、ベッドにもつれ込むターゲットとナマエを想像する。

「……失敗すればいいのに。」

パキリ。ケースと中身が粉々に割れた。イルミの肌には似合わないオレンジが指先に濃く色付いた。
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