「実はね、私は幽霊なんだよ。」

よくもまあ、飽きずにそんな嘘をつけるものだ。
テーブルを挟んでサンドイッチを頬張る女に、イルミは不機嫌を露わにしてほんの少しの殺気を向けた。しつこい、今日で何度目になるだろう彼女の嘘は。

女は相変わらずニコニコと笑っている。普通、イルミが少しでも殺気を向ければ大抵の女はガタガタと震えだすか逃げ出すかするものなのだが、彼女の場合は違った。というのも、女は殺気を向けられることには慣れていた。慣れ過ぎていた。

イルミのビジネスパートナーとしてよく手を組む暗殺者のナマエ。一見、人畜無害な少女なのだがプロ意識は高く、仕事は完璧にこなす。イルミのペースにもそつなく合わせられる人物な為、彼が彼女を呼び出して手を組むことは少なくなかった。
変わったところといえば金を欲しがらないところだろうか。その代わりに彼女が欲した報酬は、イルミの時間であった。
「お金はいらない。代わりにあなたの時間を少し頂戴。これから先も、同じ条件で。」そのふざけた報酬の代わりに依頼金が全て手に入ると思えば、ナマエの提示する条件も悪くないように思えた。イルミは二つ返事でその条件をのんだのである。

「あ、信じてないでしょ。」
「え、なに。聞いてなかった。」
「酷いなぁ。ま、いいけど。」

パクリ。ナマエは残りのサンドイッチを口に放り込んだ。

聞いてない、なんて嘘だ。ただ返事を返すのが面倒だっただけ。彼女の嘘にいちいち反応を示していたら、身が持たない。
無理にでも報酬を金銭にしておくんだったと、イルミは後悔する。そうすれば、今こんな古びた喫茶店でナマエと向かい合っていることもなかったのに。目先の利益に食いついた己を呪った。

「あ、歯抜けた。」
「嘘。」
「正解。」

いつの間にクイズが行われていたのか。知らずのうちにイルミの口からため息が漏れる。ナマエは相変わらずニコニコ笑ったまま、視線は初めからずっと変わらず、イルミに注がれていた。
「なに?」と聞けば、なんにもない、と答えが返ってくる。イルミは再度ため息を吐いて、ナマエを通り越して向こう側をぼんやりと眺めた。狭い店内、辺りは空席ばかり。店主一人でオーダーからキッチンまで担当している喫茶店は、どこかもの寂しい。今は店主が奥に引っ込んで、店の中はイルミとナマエの二人きりだ。飲食店の真昼にこれは異常だ。潰れかけているのでは、と疑った。

「イルミは何も食べないの?」
「この安っぽいコーヒーで十分だよ。そんなパサパサのサンドイッチ食べたくないし。」
「そう?私は好きだな。」
「安っぽい舌だね。」

決して、この喫茶店のサンドイッチはパサパサではない。むしろしっとりしている方だ。しかし高級なものを多く食してきたイルミにとって、ここのサンドイッチは見た目からして何がが違ったのだろう。ここで食べないということは、お昼はなしということになる。

申し訳ないことしたな、とは全く思わなかった。これは報酬なのだ。貰うのはナマエ、与えるのはイルミ。そういった条件なのだから、何も悪いと思うことはない。
さすがイルミと組むだけあって、ナマエも図太かった。

早く解放してやろうという気も起きず、ストローを咥えて紅茶を飲む。

「ねぇ、ちょっと化粧品見に行きたいんだけど、一緒に選んでくれない?」
「は?一人で選べるよね。買い物も一人でできないの?オレ忙しいんだけど。」
「次の私の仕事、ハニトラも入るから男性の意見も欲しいの。」
「ハニトラ?おまえが?」
「なに、その心配そうな目。」
「おまえのハニートラップに引っかかる奴なんているのかなって。いくらメイクしても補えないものがあるんじゃない?」
「誰の胸がお粗末だって?でもまあ、それが大丈夫なんだなー。そのターゲット、貧乳好きらしいから。」
「へー。」
「へーって……で、どう?一緒に選んでくれる?」

少し思案した後、イルミは頷く。

「いいよ、良いやつ選んであげる。」
「やった、ありがとう。」

ここまで苛つかせてくれた礼にとびきり似合わないやつを選んであげる。イルミはすっと目を細めて彼女に似合わないであろう色を想像した。
本来なら食事に付き合った時点でイルミの「少しの時間」はあげたことになる。報酬は渡した。ここで帰っても条件違反にはならない。
それを分かっていながら最後まで彼女に付き合うあたり、嫌いではないのだ。

「ふふっ、いま一瞬、人間に戻れた気がする。」
「……何言ってんの。ナマエは元から人間だろ。」

この嘘を吐く口以外、イルミはナマエのことが嫌いではない。
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