ナマエは死んだ。紛れも無い事実で真実だ。この世に不死に近いものや死人に近いものは確かに存在するが、死者が完璧に蘇ることなどない。不老不死、死者復活、どれも叶わぬからこそ『見果てぬ夢』という。
だからこそ分からない。ナマエ自身にも、何故死者であるはずの自分がこの世に実体を持って生活出来ているのか分からなかった。

身体は自由に動いた。実体があるのだから生者には当然、生きている人間として扱われる。だが、ナマエには食べる事も寝る事も必要なかったのだ。寒さも暑さも痛みすら感じなかった。実質、生者に必要な『衣食住』は全く必要なかったと言っていい。そんな中途半端な状態が、ナマエを余計混乱させた。
その混乱を更に増すように、機能しないはずの身体は成長を続ける。年を取るごとに髪も爪も身長も伸びて、肉付きも変わっていった。それなりに美しい女性の身体になってから適当に男と身体を重ねてみたが、不思議なことに痛み以外の感覚は機能しているらしい。舌が肌を這う感覚、膣内に硬いモノが入ってくる感覚、身体は与えられる快感全てを拾った。しかし胸の内に宿るのは快感以上の嫌悪。

身体を重ねた男は枕元にあった灰皿で頭を殴って殺した。次も、その次も、またその次も。得られるのは金と嫌悪しかないと分かっていながら身体を重ねるのをやめられなかった。
寂しい、心にできた大きな穴を埋めたい。抱かれる理由としては子供が親に愛情を求めるような純粋なものだったように思える。触られるのは嫌いだが「可愛いね」「好きだよ」情事中に囁かれる甘い言葉がナマエは好きだった。結局は気持ち悪さで殺してしまうのだが。

ナマエがイルミと出会ったのは、適当な男と身体を重ね続けて暫く経ってからのこと。ちょうど身体を重ねた男がイルミのターゲットだったようで、タイミング悪く情事中に鉢合わせた。まぐわう最中でも流石イルミというべきか。顔色ひとつ変えず、機械的に針で男を殺した後、イルミの矛先はナマエに向かう。感情のない目がナマエを捉え「悪いね」と思ってもみない言葉を吐いて針はナマエの頭に突き刺さった。
それで終わるはずだった、生身の人間ならば。
「何かした?」
呟けば、感情のない瞳に驚きが加わる。何故生きているんだ、瞳が問うた。一から説明するのは面倒臭い、しかしこの闇を具現化したような男には興味がある。だからとびきりの笑顔で、興味をくすぐられるような真実を吐いた。
「実はね、私は幽霊なんだよ」
だからあなたの攻撃は効かないの。そう付け加えればイルミは「念能力者か?」と問う。しかし念能力自体知らなかったナマエは「そうかもしれないね」と曖昧に答えた。次いで、イルミに警戒されないために「私は同業者よ」と嘘も吐いた。嘘と真実を織り交ぜ、いつしか嘘は真実に変わる。念能力は使えなかったものの『痛みと疲れを遮断し、相手の能力を無効化できる力』とでも言っておけばそう受け止められたし、暗殺者として動けば本当にそうなった。

イルミと共に動く日々は、ナマエの人生の中で一番充実していたといってもいい。この身体になってよかったと初めて思えたのだ。

「楽しかった、なぁ」

必要ない食事も、恋人同士みたいなショッピングも、物騒な仕事も。何もかも楽しかった。胸のどこかが暖かかった。そこら辺の男に愛を囁いてもらうよりずっと、ずっと。
こんな日常がいつまでも続くと、そう思っていたがどうやら終わりは近いらしい。ナマエの身体は、薄っすらと透け始めていた。あのミッションが終わってすぐのことだ。いつ消えるか分からないと悟ったナマエは急いで身辺整理を始めた。恐ろしさはなかった、異常だった存在があるべき姿に戻るだけ。心は不思議と満たされている。消えることに恐怖はない、しかし心残りが1つだけあった。イルミの存在が、ナマエを引き止める。

1ヶ月だ。1ヶ月だけ待ってみよう。
どこかも分からぬ、ただ星のように綺麗な夜景が一望できるビルの上でナマエは3週間程待っている。心残りである存在を。1ヶ月待っても会えないならばそれでいいと、どこかもの寂しげな瞳が今夜も夜景を映し出す。
身体は初めに比べて随分と透けていた。手を伸ばせば向こう側の景色が映り込む。あと1週間くらいタイムリミットはあるが、そろそろ潮時だろうか。いよいよ幽霊のようになってきた身体を眺めて、ナマエは顔を歪ませる。

「こんな姿じゃ、探してくれるとしても見つけてもらえないかもね」
「そんな間抜けな真似するはずないだろ。ナマエじゃあるまいし」
「まぁそりゃそうだ……?」

幻聴か。まずは耳を疑った。次いで後ろを向けば想像していた人物が立っている。相変わらず能面のような表情で。

「イ、ルミ?」
「相変わらずバカそうな顔してるね」

バカとはなんだ。いつもならそう言い返しているナマエも、今は思考停止状態に陥っている。
まさか本当に探してくれていたのか。何の為に。まさかただ会う為、だなんてロマンチックなことはあるまい。

「ぁ……あ、もしかして口座に振り込む金額少なかった?」
「寧ろ多いくらいだった。お前さ、何。携帯も解約してるから何処にいるか分からないし。無駄な労力使わせないでくれる」
「私、探して、なんて頼んでない」
「ウチの情報を少しでも握ってる奴が消えたら困るんだよね。オレのビジネスパートナーとしての自覚足りてないんじゃないの」
「じゃあ、私を殺しにきたの?」
「そーいうこと。ま、既に消えかけてるみたいだけどさ」

なら放っておけばいいのに。そう言いかけてナマエは口を噤んだ。どういう形であれ、探しにきてくれたのが嬉しかった。
横にやってきて夜景を眺めるイルミの横顔を見ているだけで心が満たされていく。

もう充分。幸せで胸が苦しくなる。
待っていてよかったと、ナマエは笑った。ロクでもない人生が、報われた気がした。
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