「ミルキ、頼んでたもの調べてくれた?」

ノックもなしに入ってきた兄の存在にミルキはビクリと肉付きの良い肩を揺らした。急いで手元にあったスナック菓子をしまいギャルゲーを閉じた後、椅子ごと身体を回転させる。「ノックぐらいしろよ!」と言いかけたが、既に真後ろに待機して静かに返答を待っているイルミに文句を言えるほどミルキは強くない。見下ろしてくる目が「早く答えろ」と促してくるようで、怒られているわけでもないのに冷や汗が流れる。

「も、もちろん全部調べたよ、イル兄」
「あ、ほんと?さすが仕事が早いね。今ここで見ることできる?」
「うん。けどさ珍しいな、兄貴がこんな一般人に興味持つなんて」

イルミがミルキに依頼を持ち込んだのは約1週間程前。シンデレラミッションが行われたすぐ後のことになる。
あの一件、二重人格並みにナマエの態度が変わったことに多少の疑問を抱いたイルミは帰宅早々ナマエの素性を調べるようミルキに頼み込んだ。初めは嫌そうな顔をしたミルキもイルミがナマエから振り込まれた例の報酬金8割を譲ると言えばアッサリ引き受けた。
貰った大金で何を買おうかと心躍らせながら早速ナマエの素性を調べたミルキは拍子抜けした。普段父や兄から頼まれるターゲットの情報を調べるより、今までやってきたどんな仕事よりも簡単な調べものだった。結果として、頼まれ事は初日の内に済んでいたのである。こんなに簡単で、意味のない依頼をしてくる兄の気が知れず、ミルキはイルミが訪ねてくる今日まで得体の知れない不気味さに襲われていた。画面に映る女が酷く恐ろしいものに見えた。

カタカタとテンポよくキーを叩きデータを出してゆくミルキに対して、イルミは微かに眉をひそめて「一般人?」と呟く。訳が分からない、といった様子で。

「ミル、お前何か間違った情報拾ってない?ナマエは暗殺者だよ。一般人なわけない」
「……そのナマエって女と初めて会ったのいつ?」
「えー、確か1年か2年前くらい」
「じゃあオレの情報はそいつが別人でもない限り、間違ってない。
生まれはパドキアの辺境。ミンボ共和国寄りのさ……ほら、この国の中でも特に治安が悪い貧民地のとこあるだろ?あそこの生まれだよ」

案外近くの生まれなのだな、とイルミは相槌を打つ。ナマエは秘密主義だ。以前イルミが気紛れに「お前家族は?」と尋ねたことがあったが、それをナマエは上手い具合にはぐらかして結局のところ分からず終い。
ナマエが一般人、というのは納得いかないがミルキの口から出てくるのはイルミの知らない情報ばかりだ。パソコン画面に映る細かい文字を眺めながら、イルミはミルキの肩に肘を置いた。

「で、家族は?」
「母親と父親との3人。別にどこにでもいるフツーの家族。雨風凌げる家もあったしその土地ではまあまあ恵まれてた方だろうな」
「ふーん。あれ、でも虐待って書いてない?」
「過労で母親が亡くなってから、父親が暴行を与えるようになってる。15になる頃には既に性的暴行も受けてるな。父親は無職だったらしいし、コイツが何とか稼いでたんだろ。仕事内容までは調べられなかったけどさ、ロクな生き方してないぜ、ナマエってやつ」

成る程、だから家族のことを答えなかったのか、とまた1人納得する。しかしそこからミルキの歯切れが悪くなっていく。コフーコフーと荒いでいく息を聞いて、イルミは「どうしたの」と首を傾げた。

「兄貴が言ってるナマエってヤツ、こんな顔?」

ミルキが怖々とした様子でカチリとページを開く。そこにパッと映し出されたのは、人畜無害そうな、オレンジの似合う可愛らしい少女だ。イルミは「うんそれ」と言いかけて、ジッと食い入るように画面に映し出された画像を見た。

「うーん、ちょっと違う。オレが知ってるナマエはもう少し大人びてる。画像、これしかなかったの?」
「これしかない。それに、それおかしいよ」

それ、とはナマエが大人びてる、ということだろう。いまいち話が噛み合わないな、とイルミはミルキの肩から肘を外して腕を組む。ミルキは高圧的に見下ろされ居心地の悪い思いをしながら話し続ける。

「これはコイツが18のときの写真。つまり2年前にうちの麓にある町の飲食店で履歴書に使われた写真だよ。面接結果は合格、でもその後すぐ取り消しになってる」
「何か問題でも起こしたの?」
「父親を殺してる」
「ふーん。でも別におかしいとこなんてないんじゃない?その後、働き先がなくなってこっち側の世界にきたんなら筋が通るだろ」
「いや、おかしい」

確固たる自信と確信を持って、ミルキは言い放った。ナマエが父親を殺した事件はとある地方新聞が面白半分に、大々的に報道していたネタだ。勿論、少女のその後についても大っぴらに記されている。ミルキ自身そのネタの真偽を十二分に注意して確かめた為、それだけその情報は信憑性が高い。

「ソイツがこの写真より成長するはずがないんだよ」

『悲劇の親子!2人の間に何が』数年前、新聞の大見出しに載せられた頭の悪そうなタイトル。その内容は就職を目前に控えた娘が父親を殺害、そこまではミルキの説明通り。問題はその後だ。

「だって父親を殺したときに、コイツも死んでる」
「……は?」

とある一軒家にて隣人が血塗れで倒れている親子を発見。父親の腹部に刺し傷が1つ。娘の背中に刺し傷多数。娘には父の、父には娘の血が付着していたことから、互いを刺しあったと思われる。発見時、両名辛うじて生きており、病院に運び込まれるも手遅れ。戻ってくることはなかった。
死者を調べろなど、ゾルディックである彼等にとって意味のない仕事だ。ミルキは小さくため息を吐いて、後ろを振り向く。

「これで分かっただろ?死人が成長するはずないんだよ」

イルミの理解は追いつかぬまま。
死人だって?じゃあオレの前で笑っていた女は誰だ。画像の少女とナマエが別人とは思えない。それならあいつは一体何?

「兄貴さ、幻覚でも見たんじゃないの?」

ただ画面に映る少女が「実はね、私は幽霊なんだよ」と無邪気に笑った気がした。
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