春と雪が出会った日

この出会いは偶然か必然か。
まだ白子が曇家の居候になって日も浅い年のこと。天火が働きづめの白子を休ませるため少しの金銭を持たせ、外へ出したことで全ては始まった。



休みを貰えたというのに、白子の表情は浮かないままだった。理由としては、外へ出るのは好まなかったからの一言に尽きる。
白髪と紫眼は普通でいることを許してはくれない。町へ出れば、奇異の目を向けられる。見るものが見れば、すぐに風魔だと知られてしまう。
なんとなしに町へ出てはみたが、やはり向けられるのは異様なものを見る視線。白子は俯き、顔を歪めた。

やはり人気の少ない場所に行こうと踵を返すと、誰かとぶつかってしまったらしい。倒れこむ音を耳にした。面倒だな、と小さくため息をつく。

「すまない」
「っ、いえ」

耳にすっと入ってくるような馴染みのいい声に、白子は顔を上げた。
少しだけ前の方で、小柄な少女が尻餅をついている。一瞬で脳裏に焼き付いたのは桜のような色の着物だ。そうして次に目にしたのは鮮やかなプラチナブロンド。己のものと似て非なるその髪は息を呑むほど美しかった。

「……大丈夫か?」

知らぬうちに手が伸びていた。
こんな女など放っておけばいいものを。己にも曇にも得にならないことをする自分自身に驚く。

少女は丸い目で白子の顔を見つめふわりと笑うと、ゆっくりと遠慮がちに差し出された手を取った。
笑い方まで華やかときたものだ。

「はい。ありがとうございま……っ!?」
「っと」

起きやすいようにと少女のタイミングに合わせ引っ張り起こすが、それがまずかった。
先程のぶつかった衝撃で鼻緒が切れてしまったのだろう。下駄からずるりと足を滑らせた少女は勢いに従って白子の胸に倒れこんだ。
白子がちらりと下を見ると、顔を真っ赤にして焦る少女が目に入る。
そんなやり取りをしているものだから、町人から向けられる視線は奇異ではなく好奇に変わっていた。

俺だけならまだしも、この女まで巻き添えか。

なんとなく、少女が可哀想に思えてきた白子はひとしきり考えた後、己にある決断を下した。

「住まいは?」
「え……今は、京都の方に」
「ここに来る頻度は?」
「偶に、です」
「それならよかった」

白子はひょいと少女を横抱きにして素早く移動を始める。戸惑う少女をよそに、ただ歩く。悲鳴をあげることもなく、静かに腕の中に収まる姿は可愛らしくも思えてくる。

それにしても、春みたいな女だな。

薄紅色の着物に赤い肌。それを更に明るく見せる銀の髪。服越しから伝わる体温は暑いくらいだ。冬だというのに、とても暖かい。

「本当にすみません」
「いや、こちらこそ」

訪れたのは琵琶湖の湖畔。
倒れた木の上に少女を下ろし白子は片膝をつき屈むと、その膝の上に少女の足を乗せた。足袋が土で汚れないようにとの配慮であった。

「少し待ってて」

しゅるりと己の髪紐を解くと、目にかかるくらいに伸びた白髪が重力に従ってパサリと落ちた。貰った穴開きの金銭と髪紐を組み合わせて鼻緒を器用に直していく。

「履いてみてくれ」
「あ、はい」
「歩けそうか?」

その場で小さくくるくると回った少女は花が綻ぶような顔で笑った。

「ありがとうございます!
でも、すみません。髪紐とお金が……。」
「気にしなくていい、ぶつかった俺が悪いんだし。どこかに向かう途中だったみたいだが、時間は大丈夫か?」
「そうでした!曇神社へ向かうところだったんです」
「……曇神社に?」
「はい」

ああ、なんだ。思わぬ拾い物をしたかもしれない。

「俺も一緒に行ってもいいか?戻ろうと思っていた最中だったんだ」
「勿論ですが……もしかして、あなたが曇家の居候さん?」
「知ってるのか」
「たまーに、天火と手紙のやり取りをしているんです。家族が増えたって嬉しそうに書いてありました……俺には劣るけど美形、とも書いてありましたが成る程です」
「美形?気味が悪いだけだろ」

少し眉をひそめた白子の顔を少女はジッと覗き込む。

「私、あなたを見たとき、雪みたいに綺麗な人だって思ったんですよ」

そんな綺麗なものじゃない。そう言おうとしたが、やめた。少女の青みがかった目が、本当に美しいものを見るように細められていたからだ。

「申し遅れました。私、桜子っていいます。よろしくお願いしますね」

春のような少女と雪のような少年。
この出会いは二人の胸の内の、名も無い感情を芽生えさせた。
今ではその感情を愛と呼ぶ。

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