俺と優しい兄と木花咲耶姫

※恋仲

白子さんの手が空いたとき、俺はよく勉強を教えてもらいに行く。

兄貴もそれなりに博識らしいが、途中でだらけるし、煩いし、うざいしで教師役には向かない。勉強を教えてもらうなら断然、白子さんだ。
教え方は上手いし、声が耳に馴染んで勉強捗るし、褒め上手だし、俺の集中力が切れる頃を見計らってお手製の茶菓子を持ってきてくれるし……マジでこんな兄貴欲しかったよ。

「今日はちょっとだけ、神社のことを勉強していこうか。」
「はい!よろしくお願いします。」

当主は兄貴だが、その補佐ができるくらいには知識を身につけておきたい。神社の成り立ちや行事、経営やら色々と教えてもらうつもりだ。兄貴にばかり負担をかけさせたくはないから。
この神社の歴史くらいは軽く知っている。自分の家のことだしな、これくらいは知っておかないと。すると白子さんはいつもどおり優しく笑って「空丸は勤勉だな」と褒めてくれた。俺にとって自分の家のことを知っておくのは普通のことだったから、改めて褒められるとなんだか照れる。

「そうだな……じゃあ少しだけ神社で祀られている神々の話をしていこうか。この話をしていく上で関わってくるのが、古事記と日本書記だな。」
「二つとも、日本の神様のことが書かれた話、でしたよね?でも同じような話が二つもあるのはどうしてですか?」
「ざっくりと説明してしまえば、古事記は国内向け、日本書記は国外向けのものなんだ。どちらもこの国の正当性を主張した内容になっている。」
「同じ話だけど、その話の中身を向けたい相手は別……ってことでいいですか?」
「空丸は理解が早いな。その考え方で合ってるよ。古事記は国民にこの国の正当性を立証する内容、日本書記は外国に日本国家の正当性を強調する内容だ。
もし空丸が読んでみたいなら、分かりやすいのは物語みたいになっている古事記がいいんじゃないかな。でも俺が読んだのは日本書記の方だから、こっちの方で話を進めさせてもらうね。」

日本の正当性を主張する話と言われたから少し身構えて白子さんの話を聞いていると、思いのほか面白い。きっと白子さんが分かりやすく要約してくれてるからだろうな。
八百万の神やら、その神はこんな力を持った神だとか。偶に聞き覚えのある出雲の話が出てきたり、この神社が祀っている神の話をしてくれたり。やっぱりこの人は凄い。どんどん話が頭に入ってくるし、質問もしやすい。寺子屋で先生やってるって言われても普通に納得できる教え方だ。

「と、こんな感じかな。本当にいるかどうかは別として、頭の隅に入れておけばいい話だよ。」
「白子さんは、そういった話は信じていないんですか?」
「んー、そうだな。俺はあまり信じていない。でもはっきりいないとも言い切れないだろ?」
「確かに。結局は見えないものですしね。」

まあ、この人は多分そうだろうなと思った。根っから否定しないところがまた白子さんらしい。そんな神々の話をしていたから、ふと昔の事を思い出してしまう。
俺が幼い時に見えていたあの人は、誰だったんだろう。真珠みたいに綺麗な髪に瑠璃色の目をしたあの人は、桜の色が良く映えたあの人は……。

「八百万の神がいるなら、桜の神様もいたんでしょうか。」
「……どうして?」
「あ、いや。別に深い意味はないんです。ただちょっと気になっただけで。」

実は昔それっぽいものが見えていたんです、など言えるはずもない。生暖かい笑みを向けられるのは目に見えている。兄貴みたいな馬鹿にした笑い方をされるのは苛つくが、気を使われるような笑みを向けられるのもそれはそれで居た堪れない。
白子さんは少しだけ考える素振りを見せた後、俺の筆をとって紙に字を書き始めた。

「木花咲耶姫。こう書いて、コノハナサクヤヒメと読むんだ。桜の女神で、美と短命の象徴とされている。」
「短命、なんですか。」
「桜の神だからね。美しく咲いて、散っていく女神なんだろ。」
「そう、なんですね。」
「どうした?こんな話くらいで落ち込むなんて珍しい。」
「いや……なんか、可愛そうだなって。」

美人薄命ってやつか。じゃああの人は、あの美しい神様は、桜のように儚く散っていったんだろうか。いつの間にか消えたのは、死んでしまったからだろうか。

「そうだな。でも俺は案外、長生きなんじゃないかと思うよ。」

何故、とは聞けなかった。外を見る白子さんの瞳が、あまりにも優しすぎたから。

「ああ、ごめん。かなり脱線しちゃったね。そろそろ休憩にしようか。」
「あ、はい。俺、茶淹れてきます。」
「いいよ、俺がやるから。空丸は休んでて……そうだ、古事記なら天火の部屋にあったから、見るなら貸してもらえばいいよ。」

はぁー……出来た人だな。
気になってたし、取りに行こう。ついでに部屋でゴロゴロしてるであろう兄貴を叩き起こしてくるか。兄貴の気が乗れば、そのまま稽古つけてもらえるかもしれねえし、俺にとってもいい気分転換に……あ、もしかしてそれを見越してあの人、俺を兄貴のところに?

「敵わねえよなぁ。」

色々と。

あのどこまでも優しい紫の瞳は何を見ていたのか。それを俺が知るのは近江の空が晴れてからの事になる。

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