買い出しデイ

※恋仲

「大根十個、芋が六十、水菜が五束、人参が三十……あります?」
「いや、あるにはあるがね。一人で持って帰れるんですか?」
「大丈夫です!お願いします。」

軍で調理をする折、材料が足りない事態に陥ることはよくあった。緊急、というわけではないが確実に明後日の分がなくなるくらいの危機だ。業者が来るのはあと少しだけ先なので、足りなくなった分は自分たちで調達しなければならない。
今日、いち早くそれに気付いたのは私。やることも終わり、暇なのも私。必然的に買い出しに行くのが私になるのだが、買い足す量が量なので誰かについてきてもらいたい気持ちもあった。が、買い出しごときに軍の人を連れて行くのは気が引けた。やはり一人で行くのが一番いいのだ。

「ちょっと買い足しに行ってきまーす。」
「ああ。少しま」
「すぐに戻りますね!」
「な、待てと」

蒼世に一言告げてから町へ飛び出した。そういえば建物から出る前に蒼世が珍しく武田くんの名前を呼んでいた気がするが、武田くんは見回り中だ。何か用事があったのかな。
と、こんな感じで飛び出してきたはいいが、これは……。

「お嬢ちゃん、ほんまに持てるんか?」

籠いっぱいの野菜たち。というかはみ出している。絶対に重い。八百屋のおじちゃんが心配そうにこちらを見ているが、大丈夫ですと言った手前どうにかするしかない。

「ありがとうございます。背負って帰りますので、ご心配なさらず。では、失礼します。」

腰を痛める覚悟で籠を背負おうとすると、その籠が急にどこかへ消える。

「持ちますよ、お嬢さん。」
「ぇ」

横を見上げれば私が持つはずだった籠を軽々と背負った男が立っている。服装からして警察、だろうか。深々と帽子が被さっていて目元が見えない。

「ちょうどよかった。お兄ちゃん、この子そこの軍の子なんやけど、荷物持ってそこまで送ったってくれんか?」
「ええ、勿論です。行きましょうか。」
「あ、はい。ありがとうございます。」

おじちゃんに頭を下げて、警官さんの横を歩く。「すみません」と謝れば「いいえ、女性一人でこの量を持つのはお辛いでしょう」となんとも穏やかで人当たりのいい答えが返ってくる。

「軍の食料は全て買い出しで補充しているんですか?」
「いいえ。本来なら週に何回か来てくれる業者さんに頼むんですけど、ほら、軍の方ってよく食べるでしょう?時々、仕入れていたものが予定より早くなくなることがあって」
「なるほど。その足りなくなった分は自分たちで買い足さないといけないんですね。」
「はい。ところで、警官さんは職務とか大丈夫でしたか?」
「ええ。仕事も終わってこれから帰ろうとしていた最中だったんです。」
「そうだったんですね、お疲れ様です。……じゃあ、もう白子さんとお呼びしても大丈夫でしょうか?」
「……気付いてたの?」
「目深に被った帽子からちょっとだけ紫色が見えた気がしたので。」

あははと笑えばクイと帽子が上にあがって、やっと目があった。優しげに細められている目はいつもより黒いけれど、やはり日に照らされるとキラキラと紫色が目立つ。変装でも、目の色を変えるのは難しいことなんだろうな。

「すみません。帰宅の邪魔してしまって。」
「構わないよ。桜子をあのまま放置する方が気が気じゃないし。いつも買い出しは一人で?」
「まぁ、だいたいは。」
「次からは誰かについてもらった方がいいよ。大荷物じゃないか。」
「でも、皆さん軍人ですし……買い出しごときに職務の邪魔をするのは申し訳ないといいますか」
「いいんだよ、買い出しも立派な職務の内なんだから。寧ろ一人で頑張って桜子の身体が壊れる方が問題だ。」
「……分かりました。次からは、善処します。」
「善処?」
「あ、いえ!誰かについてきてもらいます!」
「うん、いい子。」

ぽんぽんと撫でられる頭。久々に撫でられたのが嬉しくて顔が緩む。
すると前からこちらに駆けてくる軍服の少年が私の名を呼んでいる。あの緑の髪にシュッとした身体は……。

「武田くん!」
「桜子さん!よかった、会えて。……そちらは?」
「あ、えっと」
「山田と申します。階級は巡査。先程、見回りの際に八百屋の前でこの方と会いまして。荷物を運ぶ手伝いをしていました。」
「そうか、助かった。あとはこちらで預かろう。」
「はい。」

ため口……ああ、そっか。階級からいけば武田くんの方が上なんだ。変装中だから仕方ないけど中身が白子さんだと分かっているから、なんだか変な感じ。
白子さんから荷物を受け取った武田くんは小さく「おもっ」と声を漏らす。武田くんが重いと口に出す程のものを軽々と持っていた白子さんっていったい

「では、私はこれで。」
「ぁ、ありがとうございました!あの、また今度会えたら美味しい茶屋にでもいきませんか?お礼をさせてください。」
「ありがとうございます。そのときは、是非。」

綺麗な仕草で頭を下げた白子さんは踵を返して去っていった。よし、次の逢引はお茶屋さんで決まりです。そこでめいいっぱいお礼をしよう。

「ところで武田くん、なんでそんなに探してくれてたの?」
「見回りから帰った途端、隊長に呼び出されたんですよ。桜子さんが一人で買い出しに行ったから急いで荷物持ちをしてこいって。」
「なんか、ごめんね。」
「いえ、荷物持ちは全然いいんです。でも、一人で行くのはやめてくださいね。こんなもの持ってたらいつか腰痛めますよ。」
「……うん、ありがとう。次からは気をつけるよ。量が多い日は手伝ってもらうようにする。」

安心したように笑う武田くんに感謝。色々と大切にされているんだなぁ、と実感するとなんだか胸の辺りがむずがゆくなった気がした。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -