拝啓 あなた

拝啓 

大蛇討伐から約一年。まだまだ春の風が気持ちのいい季節です。
数か月前には子供の名付け騒動で一悶着ありましたが、無事「一清」という名に決まり、今ではみんなの人気者として沢山の愛を受け取りながらすくすくと成長中です。

私はといえば、女中の仕事を辞め、曇家にお世話になっています。とても有り難いです。一時は一人で子育てをしてみせると宣言したのにお恥ずかしい。
空丸くんも宙太郎くんも錦ちゃんも町の人も、色んな人が気にかけてくれるので正直に言えばとても助かっています。

最近の曇家の変化といえば、天火が妃子を連れて旅に出たことでしょうか。
今頃、どうしているんでしょう。天火が妃子を振り回している姿が目に浮かびます。

こんな調子で、こちらは何も心配ありません。至って平和です。ですが、欲を言うなら「桜子様?」

「あ、ごめんね。そろそろ買い物だったかな?」
「いえ。一清様が眠られたなら、一緒にお茶でもどうかと……文、ですか?邪魔をして申し訳ありません。」
「邪魔じゃないよ。喉乾いたなって思ってたから嬉しい。せっかくだし、縁側で飲もうか。」
「!、はい。すぐに準備いたします。」

ぱっと明るい顔で土間に向かった錦ちゃん。
彼女は特に私たち親子に異様に気を使ってくれる。様付けもいらないと言ったのに、頑なに首を縦に振ろうとしない。最終的には私が折れた。

とてもいい子で、可愛らしい子だ。私も、彼女の幸せを切に願っている。
……あれ?私も、という言い方は変かな。私は?違うな。……あ、みんな。うん、みんなきっと、錦ちゃんの幸せを願ってる。……だめだ、しっくりこない。
うーん、なんだかなぁ。少し前から誰かいなくなっちゃった気がして。ふーむ

「桜子様、お茶が入りました。」
「ありがとう、錦ちゃん。秘蔵のお饅頭もあるんだ。一緒に食べよう。」
「いいのですか?」
「うん。知り合いに貰った饅頭なんだけどね、一人じゃ多いなーって。一緒に食べてくれる?」
「はい、喜んで。」

今日の曇家は静かだ。
空丸くんと宙太郎くん。二人そろって捕り物に行ってしまったから。
もうちょっとで帰ってくるかな。

「あの」
「ん?」
「……桜子様は、まだ長のことを待っていらっしゃるのですか?」
「うん。どうして?」
「余計なことを言うようで大変申し訳ないのですが、桜子様でしたらお子様がいても結婚したいと言う男性も多いはずです。現に、町の中でも数人の方が桜子様に想いを寄せられています。」

え、そうなの?

「一清様が物心つく前に、どなたかと一緒になるのが一番なのではと思ってしまうのです。」
「……この子の幸せを思うなら、それが一番かもしれないね。」

そうすれば一清は父親という存在を知りながら生きていける。
錦ちゃんの意見は最もだった。彼女なりに色々と考えていてくれたのだろう。

「でも、ごめんね。もう少しだけ、待っていたいの。
一清が言葉を発した時が、潮時だと思ってる。」
「どうして、そこまで長に固執するのですか?桜子様が愛したのは長ではなく金城白子でしょう?
それに、もし長が迎えに来たとしても、今の風魔の環境は決していいものとは言えません。大蛇復活も失敗、生き延びる場所を探すので手一杯だと思います。
きっと、ここにいた方が幸せなのに、なぜ」
「……信じていてくれって言われたから。」

大蛇がよみがえる少し前、彼は言った。
怯えるように、泣くように、震える手で私を抱きしめながら「この先なにがあっても、ずっと愛してる」と。あの言葉は白子さんか風魔小太郎か、はたしていったいどちらが発したものだったのだろう。
どちらにせよ、その言葉は私が彼を想い続けるには十分な理由となったのだ。

「多分、金城白子も風魔小太郎も変わらないんだよ。護るべきものが違うだけで、本質は何も変わらない。
どちらもとても優しい人で、どちらも私の大切な人だから。」

だからこそ、また会える望みが薄いのも本当はわかっているけどね。彼には彼の事情というものがある。

「ごめんね。せっかく気にしてくれたのに。
それにもし迎えに来てくれたとして、風魔の環境が劣悪でも大丈夫だよ。
犲のみんなしか知らないけどね、実はちょっとだけ私も戦えるの。自分と子供の身くらいは守れるよ。」

力こぶをつくって見せると、錦ちゃんは目をまん丸に見開いた後、口元を押さえてクスクス笑う。

「あ、やっぱりあまり筋肉ないや。」
「っ、ふふ。桜子様、申し訳ありません。出過ぎたことを申しました。
お茶、片付けますね。お饅頭も、ごちそうさまでした。」
「あれ、どこかに行くの?」
「はい。いい時間ですし、買い物をしてこようかと。桜子様はゆっくりなさっていてください。」
「何から何までごめんね。」
「いいえ。」

てきぱきと湯呑をまとめて去っていく錦ちゃんを見送る。

「桜子様」

部屋から一歩出た錦ちゃんが振り返る。その瞳はいつもと比べてなんだか大人びているように見えた。

「やはり私は、長にあなたはもったいないような気がします。
あなたにそこまで想われている長が、少々羨ましい。」
「逆、だと思うよ?
あと、私は錦ちゃんのことも大好きだから。」

錦ちゃんは顔をほんのり赤く染めて、買い物に出かけて行った。
うん、可愛い。

「……あれ?手紙が」

机の上にあったはずの手紙が消えている。無意識にどこかに仕舞ったかな?もともと出す予定のない手紙だったしいいんだけど……あ、でも誰かに読まれてたらかなり恥ずかしいな。

その後、いくら探しても手紙は見つからず、一清が目を覚ました頃に三人が帰ってきた。
賑やかになった曇家。みんなと話していると手紙のことはすっかり頭から抜け落ちてしまっていた。


──────


「欲を言うなら、この先もあなたのことを想わせてください……本当に、長が羨ましい。」

木の上を高速で移動する女は見事な紫の瞳をすっと細め、微かに微笑んだ。

(オロチ細胞の実験、彼女の出自、裏で出回っているきな臭い情報。
これだけ切り札が揃っていれば、まああの真面目バカも動くだろ)

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