少女は母となる

赤ちゃん、できたんだ。

幸せそうに微笑みを浮かべた桜子がそう言ったものだから、天火たちは耳を疑った。それを告げられたのは大蛇消滅の後に開かれた宴会。周囲にいた人間は全員桜子を凝視した。

「誰の子だ」父親を血祭りにあげんばかりの気迫を発する幼馴染たちを傍目に天火は曇家を去った居候を思い出していた。
親友と幼馴染との子供かと思えば喜ばしいと思えるものの、密かに怒りが湧き上がってくるのも確かであった。

桜子のことを思えばこそ「子をおろせ」と言うものが出てくるのも当然で。しかし彼女は一歩も譲らない。
「一人でも育ててみせる」きっぱりと言い切ったその瞳はいつのまにか少女から母親のものに変わっていて、最後まで出産を反対していた蒼世も渋々納得した。

そうしてめでたく臨月。天火の自室には二つの影がゆらゆらと揺れている。

「あの桜子がねぇ〜。」

桜子と付き添いの妃子たちが産屋に向かって暫く。天火と蒼世は吉報を待ち、酒盛りをはじめていた。一見、涼しい顔の二人だが表には出さないだけでかなり緊張していた。
その証拠に酒は少ししか減っていない。

「この前までこーんなに小ちゃかったのにな。」
「おまえの記憶の中では桜子は豆粒か。」
「ものの例えだって。……なあ、覚えてるか?あいつと初めて会ったときのこと。」
「無論だ。忘れられるはずがない。」

忘れもしない十七年前。
あの日は皮肉にも色のあるもの全てを覆い尽くしてしまうほどの雪が降っていた。





町外れに佇む一軒家。人目から隠れるようにひっそり暮らす家族がいることは町でも有名な話だったが、誰も気味悪がって近寄りはしなかった。

なんでも家はボロボロで、中には銀の髪の鬼が住んでいるのだと。根も葉もない噂が立っていた。

「ちょっと出てくる。」

雪が吹雪くある日、外に出て行った大湖の腕には三つの羽織が抱えられていた。

不思議に思った天火と蒼世はその後をついていくことにした。雪を掻き分け、森の中を歩いていくと例の家に辿り着く。
慣れた様子で中に入っていった大湖が大声をあげたのに驚いて、天火たちは今にも崩れそうな家の中に足を踏み入れた。

「親父!」
「先生!」
「入ってくるな!!」

鬼気迫る声に思わず動きが止まる。天火と蒼世は目を見開いた。なんだこれは、と。

一面に広がる赤。土間に転がる切り刻まれた男の亡骸。押入れにもたれかかるように倒れこんだ首から上がなくなった女。
その女の亡骸を横倒し羽織をかけた大湖は、立て付けの悪くなった襖をゆっくり開く。

血の染み込んだ布団の中。そこに銀の髪の少女はいた。
息を潜め、凍りついた目をした、鬼というにはあまりにも可憐な幼い少女。
大湖はその少女を引っ張り出し、羽織で包んで抱きしめる。

「もう大丈夫だ。」
「……たいこ、さん。」
「ん?」
「ふたり、しんだ、の?」
「……すまない。」

ただ震えた謝罪だけが静寂の中に響いた。

少女の家族と大湖は以前から面識のある仲だった。頼りなさげな父親と穏やかな母親、そして可愛い娘の三人家族。貧しい暮らしだが笑顔の絶えない暖かい家族だった。
あの隙間だらけの家ではさぞ寒かろうと持っていった羽織がまさか遺体を覆うものになろうとは思いもしなかったのだが。

犯行動機は金銭目的だということは容易に想像がついた。
少女の祖父は異国の血を引く者で、髪の色は非常に珍しく裏では高額で取引されているらしい。その色が遺伝した少女の母親と、少女を狙っての犯行だったのだろう。

あの母親が押入れにもたれかかっていたのは、最後まで少女を守った証拠だと思われる。父親も、隠れた少女の居場所をはかせるために痛めつけられたに違いない。

あの事件の犯人は、結局行方不明。皮肉にもあの大雪が犯人の痕跡を消し去ってしまったのだ。

大湖は苦虫を噛み潰したような顔で壁を殴った。
やるせなかった。金のためだけに、あれだけ酷いことをした人間を捕まえられない己に腹が立ったのだ。

それ以来、身寄りのない少女は曇家で生活を始めた。
どこか遠くを見つめる泣きも笑いもしない子供だった。

「なあ。」
「……。」
「なあってば。」
「……。」
「きこえてますかーっ!」
「やめろ馬鹿。」

スパァンッと蒼世が天火の頭を叩く。しかし少女は無反応。いつも空を見上げて、何かを探していた。

「なんだよ蒼世。こいつが返事しないから聞こえてるか確認しただけじゃん。」
「おまえには気遣いというものはないのか。」
「なんで気なんか使うんだよ。なあなあ、何見てんの?」
「……空。」

少女がポツリと声をもらす。空を見続けているからだろうか。青混じりの瞳が更に青くみえた。

「お母さんが、死んだら空の上から見守ってるって。だから、お母さんとお父さんを探してる。」
「その両親はそんな顔で探してくれって言ってたのか?」
「天火!」
「別に探すなとは言わねえよ。ただ探すなら、そんな仏頂面してないで笑え!!
その方がおまえの両親だって喜ぶし、俺も嬉しい。それに、せっかく綺麗な顔してんのに勿体ねえよ。」

ゴンっと重い音が響く。
天火の頭に拳骨が落ちたのだ。痛みで悶絶する姿を蒼世は冷たい瞳で見下ろし、その襟元を力強く掴む。

「気を害したなら謝る。この馬鹿がすまない。いくぞ、天火。」
「いってーな!何すんだ!!」
「おまえが空気を読まないからだ!」

天火を引きずりながら去っていく蒼世。二人の姿を少女は空から目を離し、じっと見つめていた。





「感慨深えよなぁ。あの桜子が……。」

あれから桜子が笑えるようになるまで数年の時がかかった。
あの人形のようにどこか冷たかった少女が春を思わせる女性になった。家族を失った少女が、今度は母になろうとしている。

「あー、さよなら俺の初恋。」
「……初耳だな。」
「誰にも言ってねえからな。実は子供ができたって聞いたときさ、俺が父親代わりになろうと思ったんだよ。でも無理だわ。」

体調に問題がなければいつもどこかへ出かけていた。そうして帰ってくる桜子の眉は少しだけ下がっていて。

彼女は未だに待っているのだ。あの居候が迎えにくるのを信じて、ずっと。

「あの風魔が桜子を迎えにくるとでも?」
「さあな、分からねえ。でも他ならぬ桜子が待ってるんだ。その想いに水を差すのは無粋だろ?」
「おまえは読まないでいい空気を読むな。」
「自分でも難儀な性格だと思うわ。さー、飲め飲め!今夜は寝かせねえぞ。」
「桜子の子が産まれるまでの間までなら付き合おう。」

赤子が無事産まれたと吉報が届いたのは明け方。
母親と同じ銀の髪に父親と同じふわふわの癖っ毛を合わせ持った赤ん坊が元気な産声をあげた。

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