あなたを待っている

桜の散る季節になった。あの日以来、毎日のように大木の下に座ってはずっと彼が来る日を待っている。



大蛇が消滅した。古代より続く歴史の裏に終止符が打たれたのは二週間も前になる。
私はあれから三日間、目を覚まさなかったらしい。栄養失調、疲労、貧血と様々な要因が重なりに重なった結果だと太田先生は怒りながらそう告げた。体調が回復した後も私を目の届く範囲に置いておきたいらしく、暫くは先生の診療所に居座ることになっている。

「心配性なのは変わらないねえ」

誰に語りかけるわけでもなく独言る。
暇があれば自然と足が向いたのは、彼と逢瀬で訪れたこの木の下。何をするわけでもなく、ただ一緒に眺めたこの風景が、あの穏やかな時間がとても恋しくて懐かしい。

彼の最後は、天火から聞いた。
あの崖から一人飛び降りた、と。だがあの親友はきっとしぶとく生きていると、天火は強く言い張った。私も彼の生存は信じている。
まあどちらにせよ、置いていかれたことに変わりはない。なのに私は生きている。

「最後までずるいな、あの人」

私の意思はちっとも尊重してくれない。一緒にいたい、一緒に生きたい。それが無理だと、心の何処かで分かっていたから、せめて殺して欲しいと頼んだのに、それすら叶えてくれず私の前から消えてしまった。

冷たくて優しくて、残酷な人。
あなたは優しい人だから、これまでのことを忘れてほしいと願って私を手放したのでしょう。でもごめんなさい。あいにく私は聖女でも神様でもなく、ただの浅ましい人間なのです。
簡単に人を想う心は捨てられない。……こうなってしまうと分かっていたから殺してくれと言ったのに。

「だからこれは私の勝手」

すべてを忘れて幸せに生きていくことなんてできない。この想いはきっと一生、手放せない。
だから再びあなたと歩める日がくることを信じて、私はここで待ち続ける。

「この子と一緒に、待っていますから」

桜子は己の下腹部を優しく撫で、桜舞う青空を眩しそうに見上げた。
人知れず佇む桜の木の下で、男が愛した暖かな笑みを浮かべて。

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