春のきみ

「……桜子」
「やっと、みつけた」

息も絶え絶えにそう言った桜子に白子は目を見開いた。何故ここに来たのか、それを尋ねようとすると勢いよく顔を上げた桜子が紫の瞳を覗き込む。

「わけ!」
「え」
「私と恋仲になったわけを、聞きにきました!!」

白子はすっと目を細める。目を逸らさずただ前を見据える桜子が眩しいと同時に恐ろしかった。己のしてきたことは彼女の目にどう映るのだろうか。

「……ただ利用する為だけだった」
「嘘をつかないでください!曇との繋がりも殆どなかった私なんかに利用価値があるわけないでしょう!!」
「なんかって……。」
「正直に教えてください。私は元からあなたに裏切られても殺されてもいい覚悟で恋仲になりました。その覚悟を、疑わないでください」

胸にすがりつく女がそんな覚悟を持っていたことを初めて知った。このまま突き放せば、桜子は己のことを忘れて幸せになれるだろうと考えていた。だがその考えが甘かったことを白子は痛感する。ここまで言われて嘘をつくことは侮辱に値するのだろう。

「……好きだったから。愛してしまったから、ただそれだけだ」
「白子さ」

白子は、ただ桜子をきつく抱きしめた。

初めは利用してやろうと思ったが、彼女は大蛇の伝承以外は何も知らなかった。曇との繋がりも途切れかけていて、とりあえず表面上は上手く取り繕っておけばいい。そう思っていたのに、いつの間にか絆されていた。色々と口実を作っては会う機会をつくった。
いつかは手放さなければならない手を、掴んでしまった。離せなかった、離したくなかった。愛してしまったのだ。春のようなこの女を。

「ごめん、桜子。最後まで手放してやることができなかった」
「……あなたは、これからどうするんですか」
「……大蛇は消えた。一族の復興も成らなかった。俺の生きている意味は、もうないよ」
「なら」

桜子の手が白子の頬を撫ぜる。
彼女は泣いていた。宝石のように輝く瞳からぽろぽろと涙が零れだす。白子はそれを拭うことはせず、ただじっと涙が溢れる様を眺めていた。泣き顔を見るのは初めてだった。
この女はこんなに綺麗に泣くのだな、とどこか他人事のようにそう思う。

「一緒に、死にましょうか」

優しく微笑む彼女につられて、白子は困ったように笑う。平和だったあの頃が、桜子と見上げたあの桜が、彼女と見た全てが白子の脳裏に走馬灯のように流れた。全てがとても愛おしい。

「……それも、悪くないな」

白子は触れるだけの口づけを落とす。
幸せそうに微笑む彼女を目に焼き付けて、桜子の首筋をとんっと叩いた。がくりと力の抜けた身体を支え、頬に伝う涙を拭う。

「だが、その瞳が何も映さなくなるのは、とても辛い。死ぬのは俺だけでいい。
お願い、叶えてやれなくてごめん」

最後に、額に優しく口づけを落とすと白子は丁寧に桜子を地面に横たわらせた。
あとはこちらに向かってくる天火に任せればいい。

「どうか、幸せに。俺の春」


春がいた。

桜の花びらを彷彿させる薄紅色の着物が脳裏に焼き付く。
豪快に笑わずとも目元を緩め、微かに口角を上げた笑みは冷たい心を暖め続けた。
全てを包み込んでくれる彼女に出会ってしまったから、欲張りになってしまった。結局俺はここまで手放すことができなかったが、最後の最後でやっと手放すことができそうだ。
利用するつもりの恋だった。手放せない愛だった。これから先はどうか俺のことを忘れて幸せに。

愛しているよ、春のきみ。

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