疑いだらけの恋

風魔の忍には恋仲の女性がいるらしい。天火殿が拗ねて話していた。瞬間、その女性は風魔の仲間なのではと疑ったが、どうやら違うらしい。
その女性は天火殿の幼馴染で、今は犲の本部で女中として働いているようだ。元々はこちら側だったようだが天火殿の亡き今、金城白子の手駒になっている可能性がないとは言い切れない。面倒なことになる前に確認する必要がある。彼女がどちら側の人間なのか。



「あら、空丸くん?」
「あ、牡丹さん」
「もう、大丈夫なようですね」
「はい、ご心配をおかけしました」

牡丹。名前のとおり牡丹の花のように美しいその女性は桜子に視線を向けて、少し目を見開いた。しかしそれもほんの一瞬で、すぐに表情を戻した牡丹は優しく微笑み、頭を下げる。

「初めまして。私、この先にある寺子屋で教師をしております。牡丹と申します」
「あ、ご丁寧に。俺は武田楽鳥といいます」
「桜子と申します。」
「桜子、さん……あなたが」

じっとまっすぐに見つめるその視線から逃れるように目を逸らす。中まで見透かされるような澄んだ瞳。初対面の人物にそれを向けられるのは、あまり気分のいいものではない。桜子は誰にも気づかれない程度に眉をひそめた。
それとなくその場から離れようとすれば、それよりも先に牡丹から声をかけられる。

「天火殿からずっとお話を伺っておりました。桜子さん、少しお尋ねしたいことがあるのですが、お時間はありますか?」
「それは……これからすぐに、ということですか?」
「はい。この機を逃せばしばらく会えない気がしたので」

空丸たちの顔をちらりと見ると、彼らはこくりと頷いた。桜子は小さく息をつき、空丸から預かっていた荷物を返す。

「分かりました」
「ありがとうございます」
「じゃあ桜子さん、先に行ってますね」
「うん、またあとで」

空丸と武田の後ろ姿を見送って、牡丹の後ろをついていく。先ほどの空丸との会話や初対面の挨拶から分かる人の良さ。悪い人、ではないのだろう。しかしあの疑心を含んだ視線は、警戒心を抱くには十分な要素となった。

「どうぞ、お座りください」

彼女が教師を勤めているという学び舎の教室に案内される。木製の、しっかりした建物だ。校舎中に漂う木の匂いに少し心が和らぐ。促されるまま教室の椅子に座ると前に立った牡丹が深々と丁寧に頭を下げるものだから、桜子はぽかんと口を開ける。

「先ほどは、申し訳ありませんでした。つい気になる方がいれば見てしまう悪い癖があるんです。気を害されたでしょう」
「や、やめてください。ちょっと怖いと思ったくらいですから」
「怖い」
「あ、すみません」

今度は牡丹が口を開ける番だった。瞬間、しまったと思う。女性に対して怖いはないだろう。頭を上げてください、その一言で充分だというのになぜ余計な言葉を付け足してしまったのか。桜子はいたたまれなくなり両手で顔を覆った。ちらりと牡丹の表情を見れば、彼女は笑っていた。声を出さぬよう身体を震わせて。

「あの、牡丹、さん?」
「天火殿から聞いていたとおり、優しい方なのですね」
「優しい?」
「はい。優しくなければ、そのように私のことを気にして焦ることもないでしょう」

先ほどとは違った穏やかな空気が流れる。あの視線は何だったのだろうと桜子が首を傾げていると、牡丹は佇まいを正した。

「お聞きしたいことは、白子殿のことなのです。
あなたは金城白子殿と恋仲にあるようですが、彼のことをどこまでご存じですか」
「何故、白子さんが出てくるんですか」
「大変申し訳ないことを言えば、私は彼を信用していません。大蛇は、ご存知ですか?」
「はい」
「それでは、金城白子が忍ということは」
「それも知っています。風魔、ですね」
「話が早くて助かります。そう、彼の素性は忍。風魔一党、戦国に名をはせた一族です。何を於いても優先させるべきは一族。その中でも長の命令は絶対。一族のためならば主を殺し、同胞を殺し、己らの命を差し出す。個人より一族、そんな中で育ってきた彼だからこそ」
「信用できない、と。
真っ当な意見だと思います。曇を大切になさっているなら尚更。だから、彼と恋仲にある私に疑いを抱いていたんですね」
「はい。ですが、あなたがこちらの味方であることは、話してみてすぐに分かりました」

だからこそ心配なのだ、と牡丹は言う。

「騙されては、いませんか」

恐る恐るといった様子で口を開く牡丹に対し、桜子は笑った。
湧き上がるのは怒りではなく感謝だ。そこまで自分に関係のない人間を心配できる人は珍しい。今回の話も決死の覚悟だったのだろう。少し震えている彼女の手を桜子は優しく包み込む。

「ありがとう、牡丹さん。
彼のことは、実を言うと調べられるだけ調べつくしたんです。数年かけてこっそり。これでも、昔は疑い深い性格だったんですよ」
「では、すべて知ったうえで?」
「すべて、ではないんです。正直、分からないことのほうが多い。でもこの人になら騙されたって殺されたってかまわないと思ったから」

初めて差し伸べてくれた手のぬくもり、人目から遠ざけてくれた気遣い、鼻緒を直してくれた優しさ。すべて本物だと信じることにした。

「だから、私は彼と恋仲になったんです」

疑いだらけの恋はいつの間にか愛に変わっていた。

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