そうしてやっと前を向く

天火の処刑から二週間。
あれから近江の空は晴れない。大蛇が消えれば空は晴れるはずだった。なのに何故、まだ曇ったままなのか。ただの偶然?それとも……。これはただの考え過ぎであってほしい。

***

「自分で動けよ!!」
「動けねえんだよ!!」

洗濯物を干し終わり、道場の前を通ると聞き覚えのある元気な声が聞こえてくる。
ちらりと顔を覗かせれば、道場の入り口の前で仲良く言い争っている年若い少年たちを見つけた。そのうちの一人は稽古終わりなのかぼろぼろだ。

「武田くんに……空丸くん?」
「あ、桜子さん。お仕事お疲れ様です!」
「お久しぶりです、桜子さん」
「……あ」

なんと、言えばいいのだろうか。
兄を亡くした少年にかける言葉が見つからない。元気にしてた?大丈夫?そんな無神経なことを言えるわけがない。

「桜子さん!」

目を逸らして言葉を濁していると空丸が想像以上に明るい声を出したものだから、桜子は驚いて顔を上げた。

「俺、曇家十五代目当主になりました。
まだまだ至らない俺ですが、兄貴の名も意志も魂も、すべて俺が受け継いでいきます」
「っ!」
「だから、また昔みたいに俺たちを見守っていてください。兄貴に負けないくらい、強くなってみせますから」
「私が見守っていたって、見るだけで他は何もできないよ」
「それで充分です。俺にとってあなたは、神様みたいなひとなんです。不思議とあなたが側にいると、挫けそうになっても立ち上がることができるんですよ」

彼を見ていると、脳が揺さぶられる感覚に襲われる。自分の不甲斐なさを痛感した。
この二週間、ずっと彼の死から目を背けていた。
天火の死を心の何処かで否定していた。近江に、曇家にあの人の声が響かないのが心底怖かった。
なのにこの子は天火の死を受け入れて彼のすべてを継ぎ、先へ進もうと必死にもがいてる。

「おまえ、何言ってんだ?」
「おまえには一生、理解できねえよ」
「ふ」
「「ふ?」」
「あははははっ!」

道場一帯に桜子の笑い声が響く。
声を出して笑う桜子を見るのは初めてで、空丸と武田はギョッとした。館の中からその様子を見ていた蒼世たちも彼女の笑い声を聞くのは久々で、少なからず驚いた様子で桜子を凝視する。

「神様かぁ、懐かしい。昔よく言ってくれてたね、桜の神様って」
「なっ!俺、口に出して……?」
「恥ずかしいな、おまえ」
「うるせえよ!」
「うん、私を呼ぶとき神様神様って。天火もよく笑ってたな……。
ありがとう、空丸くん。なんだか私も元気出てきた。二人はこれからどこに行くの?」
「俺は家に帰ります」
「俺はこいつを送っていきます」
「そっか。ねえ、そーせーっ!!」

大声で名前を呼ばれた蒼世はびくりと肩を揺らす。横にいた妃子と鷹峯はその様子に肩を震わせて笑った。その二人をじろりと睨んだ後、彼は少し優しい眼差しで桜子を見据える。

「なんだ」
「私も行ってきていいっ!?」
「そんな大声を出さないでも聞こえている。
いいだろう。日が暮れるまでに戻ってこい」
「ありがとう!
空丸くん、立てる?肩貸すよ」
「いや、俺が運びます!こいつこんなんだから、今触ったら汚れますよ」
「人を汚物みたいに言うな。でも武田の言うとうり桜子さんは触らないでください。こいつに運んでもらいますから大丈夫です」
「それが運んでもらう奴の言い草かよ」
「仲良いね」
「「どこが!!」」
「ほら、息ぴったり」

クスクス笑いながら前を行く。
ちらりと後ろを見れば館の二階から、蒼世たちが穏やかに私を見ていた。やはり色々と心配させていたらしい。もう大丈夫、そう意味を込めてひらひらと手を振った。

やっと私も前を見て歩き出せそうだ。

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