さよなら太陽

そんな仏頂面してないで笑え!!
あのとき、見るもの全てに絶望していた私にしつこいくらい言ってきたあなたの言葉。絶望の淵から救ってくれたその言葉は、今も私の中で根深く残っている。



数時間前から桜子は足りなくなっていた食材の買い出しに出かけていた。大きなカゴには沢山の食材。早く厨房へ届けなければと早足に軍の本部を目指す。
やっと門が見えてきたと思えば、その門の前に二人の人影があるではないか。見覚えのあるその姿に声をかけようとすれば、それよりも早くその影の主が桜子に掴みかかったのだ。

「桜子!どこに行っとったんじゃ!!」

犲隊員の一人、犬飼。その横にいるのは副隊長の鷹峯。
あまりの剣幕に戸惑っていると、鷹峯は桜子に掴みかかっていた犬飼の手をほどいた。代わりに鷹峯の手が桜子の肩に乗せられる。

「桜子、落ち着いて聞け」

その手は微かに震えていた。表情は下を向いていて見えない。

「天火が死んだ」
「……は?」

死んだ?誰が。

「あいつが、大蛇の器だった。
つい先程、刑が執行されたそうだ」
「隊長と妃子は近江に行った。ギリギリまでおまえさんを探しとったんじゃがのう」

桜子の肩からどさりとカゴが落ちる。
二人の言葉が理解できないでいた。

古代より生まれし大蛇は妖か ものの怪か
三百年に一度甦り全てを滅ぼす
心せよ 大蛇は人の敵にて害
見つけ次第 狩り封ずるべし

大蛇の器は殺さなくてはならない。
犲のほとんどは大蛇の器候補で形成されていた。そうすれば監視の目も届き、話が早いからだ。幼馴染や昔馴染みの内、誰かが死ぬ日がくると覚悟は決めていたはずだった。
しかし、処刑とはどういうことだ。こんなに呆気なく終わるものなのか。

「……天火が大蛇になる前に、器だと分かったから早々に殺された、ということですか」
「……ああ。急なことで、俺たちも驚いている」
「おまえさんは天火の弟とも面識があったじゃろう。気がかりなら行ってきても」
「いえ」

桜子は落としたカゴを持ち、いつも通り笑う。花の綻ぶような笑顔で、少し細めた目で。何事もなかったように、笑うのだ。

「お気遣い、ありがとうございます。でも、大丈夫です」
「桜子、儂らには気を使わんでもええ」
「本当に、大丈夫です。なんにせよ、これで大蛇はいなくなった。犬飼さんも鷹峯さんも、これでやっと自分の人生を送れますね。
あ、私はこれから急いで厨房に行かないといけないので、失礼します」

早足で去っていく桜子の姿が見えなくなるまで、犬飼と鷹峯はその後ろ姿をじっと見つめていた。

「儂らでは、慰めることもできんか」
「泣き崩れてくれた方がこっちも救われたんだがな」



「ごめんなさい。ちょっと体調が悪いので、休ませてもらいますね」

食材を届け終えた私は、早々に部屋に閉じこもった。
まだ状況が理解できないでいる。心臓が早鐘を打って煩い。呼吸をするのも辛い。

「天火が、死んだ?」

数日前にお酒を飲み交わしたばかりだったはずだ。あのときの天火は何事もなく豪快に笑って、焦って、拗ねて。私と普通に話していたのだ。
その天火が、処刑された。

「なにも、言ってくれなかった」

昔からそうだ。
重要なことは自分一人で抱え込んで私たちには何も話してくれない、頼ってくれない。
九年前だって。一緒にいてくれ、その一言さえ言ってくれれば私は犲ではなく曇の側へついたのに。天火は自分から、おまえは犲のそばにいてくれと、そういって私を手放した。自分のことはいつも二の次。
あいつは馬鹿だ。大馬鹿だ。

「……あ、いけない」

頬っぺたを持ち上げて無理にでも笑顔をつくる。笑え笑え笑え笑え。

「っ、笑えない、よ」

空は人の心模様を映すとはよくいったものだ。
一面の曇り空からは大粒の雨が降っていた。

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