狼は夜更けに牙を剥く

空兄の代わりにやってきた桜色の女の人は、天兄の幼馴染で白兄に家事を教えた人らしい。
空兄は犲のところで泊まることになったから、代わりに桜子さんが来てくれたんだって。白兄の料理の腕を知ってたから、オイラたちのことを心配して急いで駆けつけてくれたみたいっス。
夕飯も空兄と同じくらい美味しくって、お風呂も一緒に入ってくれたんスよ。天兄たちの顔が怖かったけど、なんでっスかね?あ、あと寝るときは本も読んでくれたっス。
なんだか桜子さんといると凄く暖かくて、お母さんってきっとこういう人のことをいうんスね。



「宙太郎くん、寝たよ」
「悪いな、寝かしつけてもらって」
「可愛いものだよ。良い子だね、宙太郎くん」
「そりゃあ、俺の弟だからな!」
「桜子、お酒は?」
「じゃあ、一杯だけ」

天火の自室に入ると行灯の光がゆらゆらと揺れていた。
酒とつまみを囲むように座り込むと円陣を組んでいるようで少し楽しい気分にもなってくる。こういった瞬間に、自分も大人になったんだなと実感することができるのだ。

桜子がお猪口に注がれた酒に口をつけたのを確認し、天火も一気に酒を煽った。

「悪酔いするよ」
「構わねえよ。明日、いつまでいれんの?」
「空丸くんが帰ってきたら入れ違いに帰るつもり。
白子さん、お酒注ぎましょうか?」
「桜子のお酌なら少しだけ貰おうかな」
「桜子、俺にも!」
「天火はほどほどにね」

それぞれ、お酒を胃に流し込みふぅと息をつく。
急にしみじみとした静かな空気が流れ出したものだから、何か明るい話題をと桜子が言葉を探していると天火が先に口を開いた。

「九年か。なにも変わらねえな、桜子は」
「よく言われるよ。天火は……髪が伸びたね」
「それだけぇ?もっとなんかあるだろ?」
「……え、老けた?」
「ちっがう!!かっこいいとかそんな台詞が聞きたかった!え、俺、老けた?白髪とか生えてる?やべえな」
「ごめん!言い方悪かった!大人びたね、かっこいい!」

久々に会った幼馴染に老けたね、は言っては駄目な単語だったらしい。
お互い焦っていると、白子がクスクスと笑い始める。老けた、がツボにはまったようだ。ムスッとした顔で天火が彼を睨むと、ごめんごめんと肩を震わせながら謝った。

「そういえば、空丸はなんで帰ってこれなかったの?」
「てめえ白子、話変えやがったな」
「明日、蒼世が休みなんですよ」
「あ、話し始めちゃうのね」
「それで明日は一日中、空丸くんに稽古をつけてやれるとのことでして。曇家から犲の拠点までの移動時間も勿体無いから、今日は泊まっていけとの話になりまして」
「ああ。だから帰ってこなかったんだ」
「はい。その代わりに、私が夕飯を作りにきたわけです」

口では簡単に説明するが、現場は大変だったのだ。
泊まりたいのは山々だが、あの人の料理で宙太郎を死なせるわけにはいかない、と必死になる空丸くん。その様子を見ていると可哀想になってきて、事情を知っている私が代役として曇家にお邪魔したわけだ。
ちょうど明日は休みだったし、空丸くんの様子を見てただ事ではないと察した蒼世も、よくわからないが手遅れになる前に早く行ってやれと許可してくれた。

本当に、白子さんが料理を作り出す前に間に合ってよかったと心から思う。空丸くんもきっと喜んでくれるはずだ。

「本当に、間に合ってよかった」
「本当に助かりました。ありがとうございます、桜子サン。ケホッ」
「風邪?」
「いや、むせただけ」

天火の声に切実さが混じる。騒ぎの根源である白子はよく分からないというように首を傾げた。

「にしても、夕飯もつまみも美味かった。良い嫁になるな、桜子は。俺の嫁にどう?」
「間に合ってます」
「え!なに、付き合ってるやついんの!?」
「残念だったね、天火」
「え、なんでおまえが知ってんの。誰!?俺よりも強くて優しくてかっこいいやつじゃないと認めねえからな!!」

身を乗り出して桜子の肩を掴む天火。
パチクリと瞬きした彼女はちらりと白子を見る。彼は眉を下げて、しょうがないといったように頷いた。

「きっと、天火と同じくらい強いよ。とても優しいし、私にとっては世界で一番かっこいい人なんだ。あと頭も良くって、作ってくれるお菓子はどれも美味しくて……すごく、私のことを大切にしてくれる」

顔を赤らめながら恋人のことを話す桜子は可愛らしいものだったが、天火は険しい顔でぎこちなく首を回した。
視線を向けた先では耳を赤く染め、桜子から目を逸らし、片手で口元を抑える居候の姿。

「……白子、おまえ、いつから」
「六年くらい前、かな」
「やることは?」
「全部済ませた」
「最近会ってたりする?」
「嘉神捕縛の数日前に会ったよ」

天火は拗ねた。
幼馴染がいつの間にか大人の階段を登っていたことにもショックを受けたが、それ以上に白子がなにも言わなかったことに腹が立ったのだ。

「あの、天火サン?」
「なんだよ。結婚してるとか言い出したら本気で怒るぞ」
「安心してよ、それはまだだから」
「その言い方に腹が立つ!」
「ごめんね、天火。白子さん、騒がれるのあまり好きじゃなかったらしいから」
「いつかは言おうと思ってたんだけど、なかなか言いだせなくてな。」
「それで六年は長すぎじゃありませんかね!!?あー!傷付いた!俺は盛大に傷つきましたぁ!!こうなったら今日はやけ酒してやるっ!!」

酒瓶が一本、二本と減っていき。天火がつぶれたときには酒瓶は五本空いていた。
なかなかに見事な飲みっぷりだったと桜子は片付けをしながら感心する。白子が布団の上に天火を移動させている間に、桜子は洗い物をするため土間へ下りていた。外の空気が入り込んできて、少し肌寒い。

「桜子」
「あ、白子さん。お疲れ様です」
「桜子もね。拗ねて騒がれるのは分かってたからなるべく言いたくなかったんだ」

桜子同様、土間へ下りてきた白子の片手には布巾が握られていた。洗ったばかりのお猪口と小皿の水滴を丁寧に拭き取り、食器棚へ戻していく。
片付けがすべて終わり、さあ寝ようと桜子が踵を返すと背後から抱きすくめられる。驚いて、顔を後ろに向けると、待っていましたといわんばかりに唇が合わさった。

「ン、ちょ、白子さ」
「ねぇ、だめ?」
「だ、だめですよ。絶対にだめです!」

白子の言いたいことを理解した桜子は全力で首を横に振った。
一つ屋根の下、幼馴染と幼い子供が眠っているのだ。とてもじゃないが、無理だ。恥ずかしくてできない。

「うん、でもごめんね。聞いてあげられそうにない」

ひょいっと軽々と横抱きされ、桜子は白子の肩を押し返して抵抗の姿勢をみせる。すると白子の肩から黒い襦袢がずれ落ち、元々色気のあった格好から余計に艶めかしい姿になってしまう。ずれた襦袢からのぞく引き締まった腕に、情事の出来事を思い出してしまった桜子は、びくりと固まり赤面した。
そんな桜子の額に、白子は優しく口づけを落とす。

「会ったときから、ずっとこうしたかった」
「……意外とすけべなんですね」
「覚えておいて。男はみんなそういう生き物なんだよ」

パタンと襖が閉まる。
彼女は知らない。白子が天火の酒に少しずつ軽い睡眠薬を混ぜていたことを。

邪魔者は朝までぐっすりだ。あとはゆっくり食べるだけ。

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