九年振りの春

春の訪れは突然で、消えるのは一瞬だった。

存在感は人一倍あるはずなのだが、不思議なことに誰もすぐに春がいなくなったことに気付いてやれない。だから、俺がそばにいて護ってやらなくてはと思った。しかし、あいつの周りには頼れる奴がたくさんいて、弱かった俺は掴んでいたはずの彼女の手をいつの間にか手放していた。やり取りしていた文通も自然と途絶え、今では彼女の様子を知るすべはない。

あれから九年、あの薄紅色の少女はどうしているのだろう。



「今日こそは、俺が作るよ」

空丸が蒼世に稽古をつけてもらい始めて数日経っただろうか。
一日以内で行ける距離とはいえ、曇神社から犲の拠点までは少し距離があった。遅くまで稽古をつけてもらっているのだろう。昼はもちろん、夜は遅くまで帰らないことは少なくなかった。
つまり、曇家の危機である。
昼は作り置きがあるが、夜のご飯は自分たちで作らなければならない。そんな時、嬉々として己が作ると立候補するのは、不味い以前に食べられるのかよく分からない未知の物体を生み出す居候、白子であった。

「いやいや、いいって!おまえも疲れてるだろ!?俺が作るから座っとけ!!」
「そうっスよ!白兄は座っててほしいっス!!」
「でも天火の料理、どれも焦げてるじゃないか。身体に悪いよ?」

おまえほどじゃねえわ!

そう叫びたくなるのをグッとこらえて天火はただこの頑固な居候の説得のみに努めた。この説得には天火だけではない。宙太郎の命もかかっている。何としてもここで食い止めなければならない。

「別に変なものは作らないから。はい、どいて。これ以上言い争っていても時間の無駄だ」

下手である自覚がないからなお悪い。白子からしてみれば親切のつもりなのだろが、天火たちからすれば余計なお世話だった。

ついに腰を上げてしまった白子。行かせまいと二人は彼の足にしがみつく。この居候、今日は何としても夕飯を作りたいらしい。宙太郎の目には涙が溜まっていた。
もはや説得は不可能か。そう思われたとき、玄関の引き戸が開く音が聞こえる。

「空兄!?」

一目散に駆け出したのは宙太郎だった。玄関のある土間へ向かった宙太郎は何故か奇声を発し、勢いよく戻ってくる。空丸ではなかったらしいが、彼の目はきらきらと興奮するように輝いていた。

「天兄、お客さんっス!すごい!綺麗!!」

それだけ伝えると再び走り去ってしまう。次いで何を感じ取ったのか、白子は足元にしがみついていた天火を乱雑に振りほどき、脇目も振らず土間へ向かう。随分と張り詰めた顔だった。
宙太郎の言葉と白子の表情。食い違う二つに首を傾げながら、天火も二人に続いて頭をかきながらのんびり向かうことにした。そしてそこにいた人物を目にし、絶句する。

「あ、久しぶり。天火」

やはり春は突然訪れるものらしい。

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