人間だった桜の神様

ある一定の時期まで、桜の神様が見えていた。

確か、親父たちが亡くなって二年経つまでの間だったと思う。
あの時期は兄貴も色々と忙しくて、俺たちの面倒を見れないときがあった。そんな時、決まって現れたのが桜の神様だ。そんなものが見えていたなんて恥ずかしくて誰にも言えないが、浮世離れした白に近い銀の髪に薄紅色の着物がよく映えていて、子供ながらに綺麗だと思ったのを今でもよく覚えている。
白子さんに教えてもらった日本書紀に出てくる桜の花の神様、コノハナサクヤヒメ。彼女がそうだったのではないだろうか。



「……もしかして、空丸くん?うん、空丸くんだ。大きくなったねぇ。身長、私よりも大きいや」

そんな神様に、久々に知人に会ったようなノリで話しかけられたものだから、俺は今世紀最大に驚いている。

「え……な、ぇ?」

獄門処へ潜り込み、例の物の正体を突き止めた俺は犲の隊長に剣術の指導をしてもらえる事になっていた。
今日が稽古初日。隊長に待っているように指示された場所は軍事施設の敷地内にある道場。その中には先客がいた。

雑巾片手に道場を掃除する桜の神様である。

「あ、覚えてないかな。まだ小さかったもんね」
「……あの、親父が亡くなってから二年経つまで、うちに来てくれたことあります?」
「うん、ちょうどその時期までお邪魔してたかな。覚えててくれたんだ」
「うろ覚え、ですけど。……え、人間?」
「え……人間、だよ?」

なんだかちょっとした夢を壊された気分だ。
それに人間と言われてもまだ信じられない。ずっと神様だと思っていたせいかもしれないが、それ以上に容姿が何も変わっていないからだ。
大人びた雰囲気はあるが、大きく変わったところはない。

「待たせたな。ああ、桜子もいたのか。雑巾掛けご苦労。いつもすまない」
「蒼世、空丸くんがいる!」
「知っている。今日から稽古を付けてやる約束でな」
「あの……隊長、この方は……。」

隊長はああ、と声をもらす。聡い人だ。胸の内を全ては察せずとも、戸惑っていることくらいは察してくれる。

「この拠点の女中を務めている桜子だ。俺と佐々木とは幼馴染になる」
「きみのお兄さんともね。
空丸くんのご両親が亡くなってから二年間。天火が忙しい日にだけきみと宙太郎くんのお世話をしに行ってたの。でもほら、白子さんが来たでしょう?あの人が曇に馴染んできたから、私が行く必要もなくなって」
「そうだったんですか……。」
「本当は宙太郎くんが大きくなるまで見ていたかったんだけど、この人がねぇ」
「俺は別に行くなとは言っていない。行くなら勝手に行けばいい」
「ほら、またそうやって不機嫌になる」

小さくため息をついた桜子に対し、更に不機嫌になる蒼世。
しかし不思議と険悪な空気は流れなかった。

嘉神を捕縛する際、兄貴との間に流れた空気とは随分な違いだな。
隊長も本気で不機嫌になっているわけではないのだろう。軽口のようなものだ。このやり取りを見て少し安堵した。

やっと桜子の人間らしい一面が見れた気がしたのだ。

「隊長!お話中すみませんが、早速稽古をお願いします!!」
「……気合いは充分といったところか。いいだろう、どこからでも打ち込んでこい」
「頑張ってね、空丸くん。」
「桜子さん。色々とありがとうございます!」

初めて名を呼んだ空丸に対し、桜子は少し目を見開き嬉しそうに笑った。

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