ロードワーク〜夏の章


ロードワーク〜夏の章


幸村のきまぐれでロードワークに行くことになった。

「マジあっつ!!」

ブン太がウェアの胸のあたりを掴んで風を送ってる。

「コートもヤバイけど道路も鉄板じゃないッスかぁ〜…。」

汗のせいで髪がへこんでる赤也がペースダウンぎみで走ってる。

「…陽炎が見えますね。」

「…あかいかげ〜ろ〜…。」

眼鏡が眩しい柳生に、また仁王がなんかの歌を歌ったけど、仁王は年寄りみたいに腰を曲げながら走ってる。

ありゃ、限界だな…。

「精市、そろそろ引き返さないか?」

「まだ走り始めだろうが、たるんどるぞ。」

暑いのより日差しが苦手な柳も珍しくそんなことを言い出したのに、真田が反対する。

真田ってムダに元気ってか健康だよな。

さすがに暑いわ…。

このムシムシ感が余計にダルくなってくぜ…。

「今日は俺もミスった〜。ジャージ持ってくりゃよかったよ〜、焦げる〜…。」

幸村も弱音を吐いて顎を出しながら走ってる。

今日はさすがに耐えられないって言ってた幸村は朝からいつもの肩ジャージをしてなかった。

「足の汗ヤバッ?!トレパンにすりゃよかったぜぃ。」

「ブン太、パワーリストで拭くなよな…。」

立ち止まったブン太が膝の後ろに右手首を挟んでる。

タオル持って来いよなんて今さら言えないから、

「ホラ、使えよ。」

頭に巻いてたタオルを差し出した。

「ジャッカルの頭に巻いてたタオルなんかいらねぇし。」

「…あぁ、そうかよ!!そりゃ、悪かったな!!」

思わず強く言い返しちまって、目を真ん丸にしたブン太にヤベッて口を押さえた。

ブン太だったらそう言うって分かってたが、なんか今日だけはイラッときちまったんだよな…。

これがあれか?

太陽のせいに人が殺せるとかってヤツか?

怖ぇな、日本の夏。

「…いいから黙って拭きんしゃい。」

「仁王…。」

前を走ってた仁王が戻ってきて、俺の手からタオルをとると、ブン太の顔をグルグル拭いた。

「ブンちゃん?」

勝手に仁王が顔を拭いて、さらに何かを要求されて、ムッとしたブン太だったが、少しあちこちを見てから、

「……サンキュな。」

聞きとれないくらい小さい声で言うから、俺もびっくりして頭が冷めた。

そこでやっと仁王に脇腹つつかれてるのに気付いて、

「…お、う。」

なんとか返事ができた。

また走り出したブン太に一歩遅れて前を向くと、仁王が歩くみたいに走って、その少し先に柳生が待っていた。

かなり離れたとこの信号で待ってる幸村たち。

(…アレだな…。)

よく分かんねぇけど、…サンキュな。

それから幸村たちに追い付いて、一緒に信号待ちしてると、白い軽自動車が俺たちの脇に止まった。

「お〜、ケツメじゃん?」

「夏だね。」

窓全開でガンガンに音楽かけてるから、何を聞いてるか丸わかりだ。

「なつのおもいで!!」

しかもちょうどサビの部分でブン太と赤也が歌い出した。

それに仁王と幸村も声に出さないが口を動かした。

柳はほんのり苦笑いしていたが、こいつが黙っていなかった。

「公道で突然歌い出すとは何事だ!!しかも今は部活中だぞ!!少しは立海生の自覚を持たんか!!」

真田に怒鳴られた瞬間、ブン太と赤也がヤバイって顔で下を向いたのまではいつものだったが。

その軽自動車に乗ってヤツも、バツが悪そうな顔で音楽止めたのがおかしくて、俺たちはこっそり笑いを堪えていた。

信号が青になって、動き出す車と人の流れをどっか遠い物を見るみたいなぼんやりと眺めながら走ってた。

「あ。」

急に声を上げた幸村に、またなんだと思った。

「どうした、精市。」

「神曲キタ。誰どこ?」

また何かネタになる曲が聞こえたのかとため息をついてたら、

「今あそこで携帯を開いてる人ではないのか?」

て、えぇぇ〜っ?!

柳、どんな耳してんだ?!

柳じゃなくて幸村も、向かいの道路の信号二つ先って、人間越えてねぇか?

(あ、神の子か…。)

そこは疑問持っちゃダメだ、柳は達人だから普通とはちがって当たり前か。

「妖!!精!!たちがっ、夏を刺激するっ!!」

突然振りつきで歌い出した幸村に真田が思いっきりやな顔してる、珍しい…。

「精市、腰の捻り方に嫌悪を覚えるのでやめてくれ。」

まさかの柳のダメ出しっ?!

「じゃぁ、柳がやってみろよ?」

「いや、ここは仁王に頼もう。」

た、確かに…柳がアレ踊るとかありえねぇし、さらりと押し付けられた仁王が文句言うかと思ったら、

「まちゃはる的におるおっけっ!!FOOOO!!」

乗ってきた…。

夏か?夏のせいなのか?

俺は太陽を見上げるが当然まぶしすぎる太陽なんか見れないから、青空にのびる白い光の筋を目を細めて見た。

「ウザさとキモさが増しましたね。」

柳生がハンカチを出してデコを拭いてる。

「ぱんちらグッグッ!!」

「ブン太もかっ?!」

いきなり持ち歌歌い出したブン太もやっちまったかと頭を抱えたら、

「あのデニムのミニスカいるだろ?サンダルが気になって、足上げた時にぱんつモロ見え〜。」

「おお!!」

「赤の?紐パン?」

「来たな。」

得意気にしゃべるブン太の気持ちは痛いくらい分かる、夏のロードワークは地獄だが、これが唯一の楽しみだったりする。

そんな男のサガとやらを察してくれ。

「柳とかいいよなぁ〜。背が高いから谷間丸見えだろぃ?」

てキャミソールのオネエサンたちを見るブン太に指名された柳は苦笑いして、

「電車では目のやり場に困るがな。」

今見ただけで痴漢扱いとかひでぇ話もあるよなぁ、だったら電車の中では隠してほしいぜ…。

「俺、キャミのネエチャンに真っ正面から押し付けられた時はまーくんヤバかったナリ。」

ヤバイと言うよりは幸せそうな顔の仁王に、

「朝?帰り?」

歩きの幸村が目を輝かせて聞いてきた。

「帰り。しかもホレ、おまんが機嫌悪くてがっつり練習量増えた日じゃったから…。」

「ちょうど疲れマ、」

「精市、公の場はよせ。」

暴走しそうな幸村を柳が止める。

その時、クスクスと笑いながら通りすぎるキャミソールにミニスカの年上のオネエサン方。

うわっ、近くに来てたの全然気付かなかったぜ…。

「目の保養ですねぇ。」

しみじみ言った柳生に俺もブン太も頷いた。

「柳先輩?三秒イケメンってなンスか?」

聞きたことない単語を言いながら赤也が柳の裾を引っ張ってる。

「あの巨乳のネエチャンたちが言ってたンスけど。」

「いや、あれくらいじゃ巨乳から程遠いぜよ。」

自他とも認める巨乳好きの仁王が厳しくつっこむ、そこを美乳派の柳がスルーして、

「見た目は良いが口を開くとイメージとギャップがありすぎて、恋愛の対象にならない男の事らしい。」

「つまり、俺?てか男はみんなスケベでしょ。」

柳の視線を気にしないでカミングアウト、というか、言いたいことは言う幸村に真田がため息をつく。

「さっきからビキニで歩くネエチャン見てるムッツリ真田よりはマシだと思うけど?」

「む…。」

そう言えばさっきから何も言わないよな、真田そういうの苦手だしと思ったら、しっかり見てたのかよ?!

そこに食いつくのがこいつら。

「どこナリ?!」

「ビキニキタよぃ!!」

「素晴らしい女性はシェアが基本ですよ?!」

「お、おぱい…。」

必死に探し始める仁王とブン太に、クセで眼鏡を押し上げる柳生、赤也もソワソワと周りを見てる。

「貴様等が突如歌い出した信号の辺りにいただろうか?女子があの様な格好で歩くとは嘆かわしい。」

頑固親父らしくため息をついて帽子を下げた。

真田なら言うな、言ってくれるよな。

女子のスカート丈を注意できんのって真田しかいないしな。

「でもさぁ、夏ってなんでエロいことしか思いつかないんだろ?」

うわぁ、うなずきたくないけどうずいてしまう…。

そんな後ろ向きで走る幸村を柳は前を向かせながら、

「慣れない暑さに生命の危機を感じるからだろう。」

淡々といつの調子で解説する。

「ライオンとかってやばいよなぁ。あの暑さであの腰の動き?」

「…熱中症になんねぇのかな?」

ブン太の話に思わずあの素晴らしい光景が頭に浮かんだ。

「彼らは生まれた時からサバンナにいるので、その気候があっているのでしょう。」

汗で眼鏡が滑るのかしょっちゅう眼鏡が押し上げている柳生に、

「もう、夏=エロい=健康でいいんじゃなか?」

学校でクールでミステリアスって言われてる仁王もチャリに乗った透けブラの女子を目で追ってる。

「いいなぁ、海…。」
赤也に釣られてそっちを見たら、ブラにミニスカで浮き輪持ったネエチャンたちが海岸通りを走ってく。

「帰って水浴びしよっか?」

赤也の頭を撫でる笑顔の幸村に、

「花に水をやるついでだろうが、っ?!」

ボソリと呟いた真田は幸村に思いっきり背中を叩かれていた。

その幸村と真田をなだめて、

「またかき氷を作ってやるか機嫌を治せ。」

「えー、またみぞれッスか?俺ブルーハワイがいいッス。」

て柳が言えば赤也がすぐに文句を言う。

「アレ色が違うだけって知っとったか?」

暑いのに仁王が赤也の頭をモジャモジャかき回す。

「帰りに小豆を買って行きましょうか?小豆は体を暖めますし。」

「え?柳生、金持ってんの?」

「…ブン太、普通外出るなら小銭くらい持たねぇか?」

何あるか分かんねぇか、ロードワークのときは持ってけって一年のとき言われただろうが。

「ジャッカル、スカイバー買えよぃ!!」

「ブン太にはチューペットで充分だ!!」

そんなことを下らない言いながらのロードワークもけっこう楽しかったりする。

夏は地獄だけどな。

(20110731)

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