お兄ちゃんはつらいよ〜妹編


お兄ちゃんはつらいよ〜妹編

妹設定捏造中・BL表現有

今日は自主練習日だった。

その日は早く帰れるから、それを知っている妹に買い物を頼まれた。

今日発売の文庫本、俺の通学路にある大手チェーンの本屋限定特典があるからそこで買って来て欲しいと言われた。

可愛い妹の為お安い御用だと引き受けたけど、実は酷く憂鬱だ。

(一旦家に帰って私服に着替えようかな。)

前回も同じシリーズを頼まれて知らないで買いに行った時の事を思い出して、ロッカーのドアに頭を押し付けた。

その時部室に誰か入ってくる音がしたけど、構わずに反省する事もないのに反省のポーズでいた。

「幸村君、お一人ですか?」

柳生だ、見て分かる癖に一々聞いてきたよ。

「その辺に俺の使い魔がいるけどね、ソドムとゴモラ、アデマにゼボイム、あとなんだっけ?」

「ベラですか?…しかしよりによってその名前とは。」

背中でかちりと眼鏡の押し上げる音がした。

「何?使い魔も駄目?」

「いえ、私に見えなければ結構です。」

「…そ。」

意外と柳生も自己中だったりする、あの詐欺師とダブルス組むんなら、お人好し過ぎてもやっていけないだろうし。

「で、話って?」

俺は頭を軸に体を反転させて、ロッカーに寄り掛かる様に振り返った。

柳生は仁王のパートナーになった時から癖になった短い溜め息を吐き出して、ロッカーからスクバを引っ張り出して、机の前に一冊の本を置いた。

「その使い魔達のお話ですが、宜しいですか?」

「……柳生って、ソッチ系もイケるの?」

口から出任せの冗談に何で柳生が渋ったのか分かった。

俺の目の前にある文庫サイズの表紙には、やたら顎の細い、鋭い目付きの男二人が、ワイシャツ肌蹴させて抱き合っている。

その上片方がもう一人のシャツの中に手を突っ込んでいると言うから、もう見ただけで目眩がしそうだ。

その目眩に頭痛が加わりそうなのは、その文庫本を妹も持っていると言う現実、そして柳生が出した本が今日俺が頼まれたシリーズの前作で、妹に頼まれて買いに行った本で、初めてのエロ本を買う緊張感よりも女性客や女性店員から一種異様な興奮と好奇の視線を先に味わった代物だった。

「実はですね、幸村君。」

俺の反応に気不味そうにまた眼鏡を押し上げて顔を隠す柳生は、

「二週間前でしたか、家に帰ると私の部屋の机にこれが上がってました。」

まるで怪談でも語る様な口調だけど、男の俺達にとってその内容もホラーだ。

「これが?」

内容は、表紙から分かる様に男しかいない様な世界の男同士の恋愛が全ページに渡ってひたすら書かれている女性向けの同性愛、所謂ボーイズラブ、BLと呼ばれるジャンルで、その目の前にある文庫本は、確か元チームメイトの十五年後のサラリーマン物だったと妹が言っていた気がする。

俺だって、こう言うの正直やだよ?だけど可愛い妹の為に、感想を聞いてやったんだ。

初めて自分の五感を奪っちゃったつもりが無我の境地で、聞いてない筈がしっかり脳裏に刻まれていた…。

その時の事を思い出して、「私は貝になりたい」と言う言葉はこう言う時に使うんだなとうっかりソドムなんて名付けたいる筈のない使い魔を睨んでみたり。

「たまに妹がこう言った傾向の本を読んでいるのは知っていましたし、私の部屋に入る事はよくあるので、その時は気にせずに彼女の部屋の机の上に返しておきました。勿論表紙は下向きで。」

「…分かるよ。」

だって部屋入って、あー疲れた、でも宿題やるかと机に座ったらBL本だよ?

やる気処か生気を奪われるよ、次の日真田や赤也に八つ当たりする気も失せるくらいに。

その真田や赤也もデキてるなんて部活中のフェンス越しに言われたら、仁王の悪ふざけを怒る気も失せる。

「その数日後にはURLが書かれたメモが置いてありました。」

「あぁ…。」

なんか嫌な予感しかしないのは何でかな。

「それがこれです。」

と開いた携帯を俺を見せて来た。

「…ふふ…、」

あーぁ、嫌な予感が現実になって画面に写ってるよ。

え?何?ファンクラブ公認ファン応援サイト、と言うかファンクラブの存在を認めた事はないんだけど、部長の俺が。

隠し部屋、裏コンテンツのパスワードが俺の誕生日ってどういう事かな?でパス入れて出てきたコンテンツがファン投稿型のBL小説?幸村総受けって意味分かんないだけど、名誉毀損で訴えたら勝てたりする?逆に攻めとか左側とか、え?相手真田?うわー…、ガチじゃないッスか?え?無理。ホント無理。だって真田だよ?女子要素皆無云々じゃなくて、一番付き合いの長い友人でこれから先もお互いの頭が禿げ上がるまで悪態付きながら孫自慢したいくらいの大切な奴を、俺に抱けと?友人から恋人になった話はよくあるけど、恋人から友人になった話は稀有だろ?例え百歩譲ってどっちかが女だったとしても恋愛感情は湧かないんじゃないかと思う。あ、でこっちは柳生の誕生日?確か十月の「十九日です。」そ、ありがとう…、28ですか、そうですか、あぁ、うーん…、リバーシブル可?いや意味分かんないし、もっと意味分かんないのが、入れ替わりえっちとか?自分とヤッてナニが楽しいの?でこっちの仁王が…、ぷっ、ヤリチン設定とかナイ、ホント、ナイから。だってあいつの恋愛バイブルってBOYS BE…だし、しかも初期の。どんだけ童貞だよ、チェリーだよ、Cの微熱だよ、Λuciferかよ?携帯で一発変換だよ。要らない話だけど昔管理人がΛuciferのファンクラブを入ってたから、マジ要らない話。と言うか、俺達テニス部のモットーは清貧だし。嘘。立海男テニのジンクスは「引退するまで童貞」だから、いやこれマジな話で。それくらい彼女もセフレも作る暇も精力もないくらい忙しくて疲れてるって事。あ!!俺、いつ抜いたっけ?

「それを私に聞かれても困りますし、プライベートでデリケートな事項なので幸村君の胸の内だけで語って貰えますか?」

「…ゴメン。」

柳生はこう言う奴だ、テニス部以外には紳士、テニスだけ紳士。

そして余りのショックで脳内会話だだ漏れの俺ってどの辺が神?

「それで、この非公式3DBLサイトがどうしたの?」

柳生の携帯だけどブラウザクリアを三回くらい押してから返してやった。

多分こいつの事だからブクマしてんだろうけど、それはそれで嫌だけど。

「もうお気付きかと思いますがこのサイトの運営を幸村君の妹さんと私の妹がしているそうです。」

「…は?…いや、だって…?」

柳生の妹は一つ下で立海にいるが、俺の妹は別な学校でしかも寮に入っている。

柳生の妹は帰宅部的な部活だし、俺の妹はバスケ部で接点もないし、部活のある妹は一度も試合を観に来ないから誰にも紹介した事もない。

何でだ?と首を傾げると、柳生は眼鏡を押し上げて、

「二人がやっているSNSでこの小説のコミュニティのオフ会で知り合ったそうです。」

うわー…、ありがち現代ネット事情。

「俺、母さんに言って妹の携帯止めて貰おうかな?」

頭を押さえた俺に柳生も短く溜め息をついて、

「私はパソコン使用禁止を申し入れようかと思います。」

うん、そうしよう。

まだ被害者が兄の俺達でいる間に彼女達を全うな道に戻してあげよう。

あの本ならいくらでも買いに行ってあげるから、頼むから身内をそういう目で見るのは止めようか。

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