激動!!男達のバレンタイン


激動!!男達のバレンタイン



料理の邪魔になんねぇよう前髪を結った。

「にーちゃ、おチョコつくるー?」

下の弟が俺とお揃いの黄色いボンボンがついたゴムを結っていた。

コテっと首を傾げてくまさんアップリケのエプロンをしてるのが、兄の俺が言うのもアレだけど、めっちゃかわいい!!

「おう、いっぱい作ろうぜぃ。」

「えへぇ〜?」

しゃがんで目線を合わせて、頭を撫でてやればくすぐったそうにクネクネする。

兄ちゃん、お前がおネエになったら、お前を妹って──

「ぐへっ?!」

「なに兄デレしてんだよぃ?さっさとつくれよぃ!!」

しゃがんだケツに踵がモロ入った。

俺のプリティキュートなケツが…。

「明日までに手作りチョコ持ってかねぇと、女子に嫌われるんだよぃ!!」

なんかカリカリしてる上の弟はさっさとボールや泡立て器を出して準備してる。

小学生にも逆チョコブームか、男が生きづらい世の中になったよぃ…。

兄ちゃんもな、普段物もらってるからみんなお礼しなきゃなんないのよぃ、材料代バカになんねぇ…。

「にーちゃ、だーじょぶぅ?」

まだケツを押さえてしゃがんでる俺をいいこいいこしてくれる弟よ!!

なんてかわいいんだよぃ!!

ブラコン上等、兄ちゃんにはお前ら弟だけだぜぃ!!



「皆さん、一日早いですけど、バレンタインチョコを作ってみました。」

朗らかな義姉に隣に座る兄の顔色が変わる。

義姉は萌黄色の包みを取り出して、

「ハイ、お祖父様。お義父様。あなた。弦一郎さん。」

それぞれの手に渡された友人曰く菓子屋の祭典に則った社会現象、最早礼儀なのか。

明らかに顔の青い兄が少々気になるが、義姉に急かされて早速包みを開くと、丸いチョコレートが入っている。

トリュフ、と言う奴よりは大分小振りな気がするが、一体何なのだろうかと口に含み、一噛みして溢れた味に次の動作が続かなかった。

「今年はお祖父様が大好きな甘納豆をチョコでコーティングしてみました。いかがですか?」

兄は包みを開いたまま手を付けずに、父は微妙な面持ちで咀嚼している。

「うむ、美味だ!!お前は本当に良い嫁さんを貰ったな!!」

「…はぁ。」

大の甘党の祖父だけが御満悦で誉められた筈の兄は叱られた幼子の顔をしていた。

バレンタイン、それは男の試練の儀式らしい。



図書館の往復、街はどこもかしも赤とカカオ色が目立つ。

今年もレギュラーの座に眩んだ女子から投資を受けるかと思うと胸中の黒い塊が渦巻く様な嘔吐の手前の感覚が消えない。

その一ヶ月後には丸井を筆頭に部活の時間を割いてお返しとやらを作らねばならないのか。

全く困った習慣が根付いてしまった物だと溜め息を溢しながら、通り過ぎたケーキ屋の前で嬉しそうに選ぶ同世代の女子を見ながら、何れ自分にも誰かを深く想う日が来るのかと考えた。

テニスよりも、仲間達より。

自然に口角が上がる。

どんな方程式をもっても出ない答え。

占い師でさえ自分の未来は見えないと言うのだから、ただの中学生に自分の確定未来が分かる訳が無い。

手近にあったコンビニに足を入れる。

ワンコインで一ダースも買えるチョコでも仲間達に配っておくか。

この柳蓮二に友チョコを配らせるとは高くつくぞ。



「あーかや、あかやあかやあかや!!タイヘンなの!!」

「タイヘンなのは俺の方だ、姉ちゃん!!」

マジ英語ヤバイから、義務教育なのに進級ヤバイから!!

学年末に向けて今から勉強中な俺、すごくない?

「今週号見たっ?!あたしの嫁にまさかのヒロイン登場とかっ?!公式カプだと信じてたのに…。」

って泣きながら床に突っ伏した姉ちゃんに、

「俺、姉ちゃんの良識を信じてたのに…。」

連休前から勉強っすからまじで邪魔しないで下さいって土下座した俺を忘れた?

俺にチョコ忘れた?

「あたし、出版社に電話してくる。」

「はっ?!」

ゾンビみたいに不自然な立ち上がり方をした姉ちゃんが飛んでもないこと言い出した。

いや、今さらヒロイン出すなとか抗議の電話しても、全国に出回ったものはしょうがないから。

てかもともとが健全な少年誌だから。

「姉ちゃん落ち着けぇっ?!」

ケータイを取り出した姉ちゃんを必死に押さえるが、

「出版社宛に送った嫁のチョコを着払いで返送してもらうのよぉぉぉっ!!もう人気投票なんか出さないんだから!!もうキャラソンとか買ったり、予約特典目当てにOAVも買わないんだからぁぁぁっ!!あたしの嫁と書いて萌えと読むを返してぇぇぇ…っ!!」

「…姉ちゃん、俺…。」

姉ちゃんの弟やめたいッス…。



「お兄ちゃん、これ…。」

塾から帰って来た際、珍しく姿を見せた妹が皿を差し出しました。

皿の上には心臓が乗っていました。

「もう少し黒みを出した方がリアリティーがありますよ。」

「…だってブルーベリーは好きじゃないもの。」

と口を尖らせた妹は内臓の形をしたお菓子作りに凝っている様で、流石医師家系の娘でもあり、再現率の高さには定評があります。

「これを私にですか?」

差し出したまま皿を引かない彼女に訪ねると、恥ずかしそうに小さく頷きました。

そして何故貰う理由があるのかと考え、納得しました。

「心臓を捧げる相手は兄である私ではありません。その時までこれは誰にもあげてはいけませんよ。」

と中学に入って大きく開いた身長差に年子の妹の頭を撫でると彼女は嬉しそうに頷いて、

「じゃ、お兄ちゃんにはこっちでいい?」

「…構いませんよ。」

思わず笑みが漏れる程愛らしい頭蓋骨のクッキーに彼女もまだ中学生なのだと思いました。



日本にはバレンタインデーというイベントがあるのは知っていた。

まだブラジルに行く前、保育園にいたとき女子からチョコをもらって「三倍返しだからね!!」と言われたの覚えてる…。

ブラジルの日本人街だと少しはあるみたいだけど、あんまりかな?俺がいた小学校は。

母さんの仕事で日本戻って、立海入った最初の年の二月はマジビビった。

ほとんど幸村とかの三強だって分かってたが、留学生の俺が珍しいのかかなりの数をもらった。

嬉しかった。

嬉しかったけど、お返しが…。

日本人は礼儀を重んじるから、三倍返しは無理だけど、もらったお礼に一人一人に返していたら、ブン太や仁王に爆笑された。

向こうは返ってこないって分かって、好きでくれるんだから、そんなマジになって義理で返さなくていいって。

…まぁ、こづかい的にありがたいが、それは、やっぱ、人としてどうかと俺は思うから、去年も返したワケだが…。

うーん、今年も厳しいなぁと思っていたら、ブン太からメールが来た。

小麦粉買って俺んちに届けろよぃとのこと。

ブン太は先手を打って逆チョコ作戦とか言ってたな…?

よし、俺もそれに乗せてもらうぜ!!

小麦粉と一緒にガムを買って行ってやれば、あいつも嫌とは言わねぇだろ?



「ホラ、兄貴。苦労を掛ける。」

「ぐへっ?!」

リビングでテレビ見ながらぼぉっとしてたら、頭に何か投げつけられた。

「おまっ?!俺の繊細な頭脳が壊れたどーすんだよ?!」

投げつけられた物を拾うとピンクの包装紙のアレ。

「兄貴が繊細だったら、この世に鈍感な人間いなくなるよ。」

同じ顔で同じ声で笑う妹は俺の隣に座って、俺に寄越したハズのプレゼントを奪うと、

「可愛い妹がお兄ちゃんに食べさせてア・ゲ・ル。」

「キモッ?!何そのキモさっ?!」

鏡を見てるみたいな自己嫌悪的なヤツじゃなく、単に俺より男らしい妹が妹らしい事を言うのがキモい。

「は?キモい言うな。また真田さんに電話するから。」

「…頼むからそれは止めろ。」

真田が起きてる朝の四時くらいに俺の携帯から電話して、なんだよく分かんない事を言ったらしいんだ、俺と全く同じ声で(ある意味オレオレ詐欺)。

それを真に受けたうちの天然皇帝が、朝練からウザいくらいに過保護で放課後には一部女子の間でホモ疑惑が濃厚になった。

妹はそれを狙っていたらしく、柳生の妹からそれを聞いて爆笑していた。

俺が魔王?

とんでもない、うちに本物の魔王がいらっしゃる。

「兄貴、お返しはいらないから、またイベントについて来てね。」

「絶対行かない。」

行くか!!

双子萌えとか俺が思うのと違うモテ方はごめんだ!!
「拒否権ないから。」

「いやあるから。」

そしたら隣の俺の顔がにぃっと笑って、

「最近小テストの追試ぶっちぎってるらしいじゃん?それでワカメ君を怒る資格があるのかなぁ?お父さんにも言っちゃう?」

「くっ…。」

だって面倒だし、成績に関係ないし、ってか誰だチクッたの?

「あれぇ?お兄ちゃん、お返事はぁ?」

「…是非お供させていただきます。」

土下座して「お願い」した俺に勝ち誇って俺にくれたハズのチョコを食べる妹にハナっから逆らえるワケがなかった。

バレンタイン、早く廃止になんないかな?

(20110214)
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