嘘も信ずれば真に勝る


嘘も信ずれば真に勝る



委員会活動の報告を終え一礼をして退出するつもりだった。

「前から言おうと思ってたんだが。」

「はい、何でしょうか?」

「テニス部の仁王。あいつの頭はどうにかならないのか?」

担当教師が言い難そうに俺から視線を反らして言った。

「いえ、仁王は地毛ですので。」

またその話か、同じ部と言う事で幾度と無く言われた。

「だけどな、…なんて言うか…、目立つだろう?だから、真田の方から、」

「確かに目立つかも知れませんが本人が生まれて持った物を他人がどうこう言う筋合いは無いです。」

「そうじゃなくてなぁ、」

歯切れの悪い教師がまた何か言い掛けた時だった。

「分かりました。」

隣に立つ男が眼鏡を押し上げた。

「私の方から仁王君に言ってみます。」

「おぉ、柳生、すまないな。」

あからさまに喜んだ顔をした教師が立ち上がり一歩立ち上がり、俺の反論を許さないように退出を促す。

「…いえ、これも風紀委員の務めですから。それでは真田君、参りましょう。」

「…失礼します。」

それを読んで教師から見えないように肘を引いた奴の顔を立てて俺達は職員室を出た。

廊下を数歩行き、振り返る。

「何故引き下がった、仁王。」

その言葉を切っ掛けに纏う空気が変わった。

「…別に。今さらじゃろ?」

柳生らしからぬ口の歪め方で、

「あの場合は向こうが求める適当な事を言ってさっさと逃げ出すのが一番じゃ。」

背を丸め両手をスラックスのポケットに入れて俺を追い越す。

「だが、」

「つーか、真田の事じゃないき、そんな必死になる事もないじゃろ?適当でいいんじゃ、適当で。」

ひらひらと左手を振る仁王は投げ遣りの中に、過去に理解して貰えなかった哀愁が隠し切れてなかった。

「俺の事では無いが、仲間の事だ。誤解を解くのは当然の事だ。」

地毛が銀髪の仁王は確かに目立つ。

頭髪証明を出すようにと言われた時には、仁王は怒り心頭で暫く機嫌が悪かった。

その時呟いた「好きでこの頭に生まれたんじゃなか。」は、今までその髪の色で不当な扱いを受けていた事が窺えた。

誰しも好き好んで、この色で、この形で、この体で、この心で生まれ落ちた訳では無い。

変えたいと願うのなら努力と代償を払えば、それなのに結果は手に入れられるだろう。

それでもどうしても変えられないものがあるから、認めたくなくても受け入れるしかないのだ。

「テニス部の為か?」

不意に立ち止まった仁王は問う。

俺の答えは否。

「仁王の為だ。」

これからもその銀色で苦悩し続けるかも知れない。

だからこそ、ありのままの仁王自身を受け入れて欲しいと俺は思う。

例えば、今のように柳生の振りをして職員室まで行って質問をする事の無い様に。

「…おまん、俺の事嫌いじゃろ?」

拗ねた様に口を尖らせた仁王が妙な事を言い出した。

「何故そう思う?」

苦手だ、と感じる事はあっても厭う事は無い。

「…だって、俺…。真田と違ごうて、嘘つきじゃし。」

ばつが悪そうに下を向いて床を蹴る仁王は、本当に柳生に化けた仁王かと思ったが、自分の印象に自尊心がある柳生はそんな子供じみた行動は取らない。


やはり仁王本人と言う事になるが、何故に仁王はこんな事を言い出すのか。

仁王が俺が仁王を嫌っていると思い込む理由は分からぬが、仁王が言う様な理由で人を厭う事も俺はしない。

「俺は、必ずしも嘘が悪だと思わない。」

もし仁王に出会わなければ、嘘は絶対悪だと信念を曲げなかっただろう。

真実を告げる事が相手の為になると限らない。

それを幸村の入院中に思い知らされた。

回復すると信じる幸村より先に、ナースセンターの前を通過した際に看護師の噂話で見込みが薄いと聞こえてきていた。

知っていたが、仲間の前で必死に笑顔を取り繕う幸村に、いつか治ると細くなった手を掴んだ。

嘘、を付くしかなかった。

真実の全てが善とはならない、なれない無力さを知った。

その俺の脇を抜けて、幸村の頭を叩き、

「おまんに勝てる病気なんかある訳なか。早う勝って戻ってきんしゃい。」

同じ事を聞いた筈なのに、全く知らない振りで昨日と同じ様に振る舞える仁王が羨ましかった。

「……俺は、」

まだ床を爪先でつつく仁王に下がっていた首を伸ばす。

「いつも自分でいられる真田が羨ましか…。」

顔を上げない仁王は何を勘違いしているか分からぬが、俺は俺にでしかいられぬだけだが俺を貫くだけだ。

「俺は仁王の器用が欲しいがな。」

だが、そうでもいられない時もある。

自分に持ってないものがある人間を羨み、時には妬むかも知れない。

その妬みが無に帰す程の信頼を仁王に持っている。

「…ほうか。」

口の中で呟いて背を向けた仁王にふと思い出した。

「渡そうと思ってたが、今日まで延びてしまってすまん。」

ポケットに入れっ放しだった遅ればせながらの仁王の誕生日プレゼントを渡した。

「…マトリョーシカ。」

敢えて包装はしなかった。

珍妙な物を収集する仁王が好きそうだろうと、入れ子式の人形でも珍しい眼鏡を掛けた柄を選んだ。

「おおっ?!まじにおんなじ顔を出てくるぜよ。」

開けても開けても眼鏡の顔が出てくる人形に歓喜の声を上げる仁王、その最後の一つを開けて完全に柳生ではなく仁王雅治になったようだ。

「サラミじゃ…。」

嬉しそうに笑う仁王は詐欺師と言う大層な名に似合わず充分に中学生の笑顔だった。

俺が言うのも何だがの話だが、遅れたが誕生日おめでとう、仁王。

これからも道は一つでは無い事を気付かせてくれる仁王に、この立海で出会えて共にテニスを出来る事に感謝している。

(20101204)
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