あかやくんのおたんじょうび


あかやくんのおたんじょうび



その日は通常より三十分早い集合となりました。

まだ眠た気な丸井君は机に伏せたままでしたが、誰もが早過ぎるこの時間に注意する気にもなりません。

全員が揃ったところで柳君が重々しく口を開きました。

「昨夜、切原家では家庭崩壊の危機に繋がりかねない事があったそうだ。」

昨日は切原君の誕生日前日、今日が切原君の十四回目の誕生日。

今日は御家族とゆっくり過ごしてもらおうと、部内で誕生パーティーは明日に予定していました。

それが何故か繊細な年頃の切原君の心を激しく揺さぶる事件が起きてしまい、彼の誕生日を祝うどころではなくってしまったようです。

柳君によれば、海外出張なさっていた切原君のお父上が切原君の誕生日に合わせて一時帰国したのですが、半年振りに会う息子に成長と成績の降下に苦言を刺そうとしたら、親子喧嘩から夫婦喧嘩に発展しまったそうで、折角の一家団欒を自分のせいで壊してしまった事をとても悔やんでいるそうで。

と言う事をなぜ柳君が知っているかと言うと、柳君の姉上と切原君の姉上が同じ学校の同学年と言いますから、世間は狭いですね。

余談ですが、仁王君のお父上は私の父が勤務する病院を施工した会社に勤務なさっているそうです。

話は反れましたが、切原君がそんな状態ですので、先に御家族との絆を取り戻してから盛大に部内でお祝いしようと言う話になりました。

何の因果か生まれて初めての家族崩壊を目の当たりにした誕生日に、切原君は朝練集合の十五分前に登校しました。

これでは真田君が熱があるのかと額に手を当てるのも無理がありません。

普段は照れて逃げ回る切原君ですが、「いつも遅刻してすみませんでした。」と深々と謝るものですから、奇声を発して外周に行った真田君に同情します。

しかし切原君の誕生日にまつわる悲劇はこれだけではなかったのです。

実は切原君の誕生日の翌日に焼肉店に行く計画を立てていましたが、それをキャンセルと延期の電話を入れる前に、店側から前日に大変申し訳無いが別な日にしてほしいと連絡があったそうです。

願ったり叶ったりの事なのでとりあえず来週と言う事で承諾しましたが、なぜ延期してほしいと言う連絡が来たのかと言うと、焼肉店の店長の知人の方が急遽結婚式の二次会で使わせてほしいと頼まれたので、少人数でしかも中学生の我々の予約を無下にしたのですねぇ。

ですが、そこは会計の柳君、食べ放題では無い店で食べ放題を実現しました。

そして我々の先約を延期するくらい重要な二次会に潜り込んだ幸村君と仁王君は思う存分新婚の邪魔をしてきたそうです、会費は払って来たのですか?

しかしこれ以上の問題が発生していました。

切原君が前から欲しがっていた野良熊ブーさんと言うブサカワ系ゆるキャラの抱き枕をプレゼントしようとしたのですが、あのようなデザインが人気なのか、まず入荷待ちでした。

船便でぎりぎり切原君の誕生日に間に合いそうなので、前金で予約して来ました。

その野良熊ブーさんが乗った貨物船が海賊に襲われ乗組員ごと積み荷が行方不明と予約した雑貨量販店から電話があった日は、切原君の誕生日の翌日でした。

野良なのに海賊に拉致されたそうです…、これだから海外工場は、日本の産業の空洞化がここで浮き彫りになった出来事でした。

切原君の誕生パーティーまでに間に合うようにと取り扱っていそうな店舗に電話を掛け、オークションで探してみましたが、あのような卑しい顔をしていながら何処に見当たりません。

ですが、桑原君のお父上情報で一ヶ所だけあったのです。

しかし販売ではなく、景品として。

ちょうど新台入替で朝一で入店すれば絶対出る、ブーさん分だけ稼いで直ぐに換金すれば必ず手に入ると仁王が熱く語っていました。

問題は誰がそこへ行くかです。

十八歳以上に見えて、朝が強い人物。

自然と真田君に集まります。

学生の身分でそのような賭け事の場にとためらっていましたが、幸村君に微笑まれて快諾してくれました。

当日は仁王君スタイリスングの下、髪をワックスで固めてブランド物のサングラスを掛けてもらうと、誰もが避けて通る職業の方のようです。

そのお陰か、三十分で出てきたにも関わらず元手の十倍で戻ってきました、もちろん野良熊も手に入れました。

常勝立海、王者の掟です。

さぁ、これで週末は久しぶりに切原君の笑顔が見れますね。

切原君の誕生日から一週間後、幸村君が驚かせようと行き先は告げずに焼肉店まで拉致連しました。

やや料金設定が高めなこの店を前に切原君はぼんやりと看板を見上げています。

まさかこことは思わずに感激のあまり言葉が出ないのだろうと思っていました。

「…あの、…ここ、昨日来たッス。」

明らかに幸村君の笑顔にヒビが入りました。

それでも部活では滅多にないに機会だからと丸井君がテンションを上げて、切原君を店へ押し込み、予約の個室に上げました。

予約延期のお詫びに店から用意してもらった誕生日ケーキと一緒に、切原君がほしがっていた野良熊のブーさんの抱き枕を手渡しました。

幸村君が真田がイリュージョンして頑張ったんだよー?と場を笑わせています。

今包装を開けるように言われてためらいがちに破っていく切原君の前に現れた物に、彼は言いました。

「…これ、…親父からももらったッス…。」

……。

完全に幸村君がご乱心になる気配がしました。

真田君と桑原君が止める前に幸村君は抱き枕の五体をバラバラにしてしまいました。

幸村君もこの一件について災難続きでいささか神経が参っていたのでしょう。

それに自分は嫌われているのだと思った切原君は十四歳にもなって、鼻を滴ながら大泣きをしていました。

切原君が主役なのに我関せずと肉を消費する仁王君と丸井君、あ、柳君も切原君の為に肉を焼いたり顔を拭いてあげたりと忙しかったようです。

後日切断されたブーさんは丸井君達の手によって、海賊仕様にリメイクされたようで、切原君も毎晩抱いて眠るくらいのお気に入りだと言って下さいました。

何はともあれ、お誕生日おめでとうございます、切原君。

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