常勝の名を継ぐ者(切原・切誕)


常勝の名を継ぐ者



おとといまでの台風が嘘みたい青空が広がる。

今日は立海の三大イベントのひとつ、体育祭。

ウチの学校は無駄に人数がいるから、縦割りの3組ずつ一緒の合計6クラスで一軍になる。

ちなみに俺は赤軍、幸村部長が白軍、真田副部長と柳生先輩、ジャッカル先輩が黒軍、柳先輩が橙軍、紅白が青軍で見事に分かれちゃったンスよねー、ちょっと残念。

基本は軍対抗なんだけど、これは各部活の長距離に強いメンバー揃った黒軍が上位入賞独占して、このままブッチギリで優勝しそうな勢いだから、まぁ、ブービー賞争いの俺らの軍は軍団長の罰ゲームに期待しながら帰りに食えるアイスはなんなのかを楽しみにしてるくらいだ。

だけど、運動部にとっての体育祭はこの競技が本命だ。

男子限定部活対抗棒倒し。

基本は全部活対象の自由参加制だけど、やっぱ力業になるから、自然と運動部だけになっている伝統があるとか。

フツーに考えて、普門館ひかえてるブラバンが相撲部に勝つ気でいってケガすることもないし。

で、我が常勝テニス部も当然ながらエントリーするワケだ・け・ど。

この部活対抗棒倒しに限って、軍ごとに作ったTシャツ、通称軍Tじゃなくていいから、大体は部活のユニフォーム。

俺らも誇り高い芥子色のウェアにハーパンで、ルール通りに裸足でグランド走ったよ。

野生を思い出した赤い髪の先輩が「気持ちいいからずっと裸足でいたいぜぃ。」なんて言ってたけど。

予選からさっきの準決勝までフツーに部活ウェアだったのに。

だった・の・に!

ナゼか決勝前に幸村部長の無茶ぶり発動でお着替え命令だ。

しかもとんでもない「勝負服」が用意されてたにも関わらず、三年の先輩たち、レギュラー・準レギュラー関係なく幸村部長に従ってるって事は、三年全員コレを知ってたこと?

逆にお着替え命令初耳に、衣装にビビるどこかドン引きの二年の俺らは完全にタチの悪い神の子ジョークだ。

あまりのことで動けない二年の俺らを生着替えタイムとか言って、いきなりグランドに現れたカーテンを持った女テニの先輩たちに囲まれ、実はウェアの下に仕込んでいた三年に取っ捕まって、脱がされていく。

抵抗しようものなら、携帯じゃなくて、見るからにすんごい性能よさそなカメラを持った女テニの先輩がいたりして、このヒトら、ぜってぇ俺らのポロリ写真売る気だ、そんで幸村部長とかにも見せて爆笑すんだとか思ったら、恥ずかしいのを我慢して目をつぶって着替えさせられるままにしておいた。

そりゃさ?フツーの衣装なら、一人で着替えられるさ?走って取っ組みあって、棒によじ登って倒すんだから、そんな飾りが多かったり、着替えに時間がかかるような服じゃないのくらい分かるよ、さすがの俺でも?

でもさ?

「…なんでフンドシなンスか?」

俺の後ろではじっこの布を結んでいる柳先輩に聞いてしまうのは当たり前だろう?

「精市のリクエストだ。一番男らしく見せる衣装だそうだ。」

「あだっ?!」

締め終わったのか、ぺちりと俺の背中を叩いた柳先輩を振り返ると、上にジャージを着ているけど、下はしっかり褌だ…。

感想、物凄く複雑デス。

「…うわー、なんか…、色々見られて、…なんか、アレ…。」

色々直視できない柳先輩から目を反らして、頭を抱えてしゃがみこんだ。

カーテンで仕切られたって、グランドの真ん中でマッパにされて褌、てかほとんど下着的なモノをなんで中2にもなって先輩に着せてもらうんだろ?

こう、プライドっていうか、自我っていうか、なんかズタボロになって決勝前に戦意喪失したような…。

「成長したな、赤也。」

フ、と笑う気配がしてヤケクソで立ち上がって、

「そりゃ成長期ッスから。」

どうせ一年の時はまだムニャムニャでしたよってふてくされて柳先輩から顔を反らしていたのに、

「俺の後輩が赤也で良かった。」

「え…?」

なんだ?フラグ?なにフラグ?と柳先輩を振り返ると、柳先輩は三年のかたまりのとこへ行ってた。

なんだ?って思っていたら、三年の準レギュが二年に指示して整列させてる。

俺も友達とどれくらい自分の方が褌似合ってるか言いあってたら、急に腕を引かれた。

「赤也、似合ってんじゃん?」

珍しくガムをかんでない丸井先輩も褌だ、うっかりやきぶ…なんてすべりそうになるのに半笑いで返しておいた。

「ちょい耳貸せよぃ。」

「は…?」

いいッスよと言う前に肩を引っ張られてささやかれたことが信じられなくて、目を開いて丸井先輩を見けど、丸井先輩は超笑顔でVサインをして、俺を列の一番後ろに連れていく。

そこにやっぱり褌のジャッカル先輩がいて、褐色の肌に白フンが決まっていてカッコよかった。

きっとヤリを持たせたら無人島でも暮らしていけそうだ。

まだなんだか分かってない俺にジャッカル先輩も笑顔で頭を撫でた時に、太鼓の鳴った。

それと同時に俺たちを囲っていたカーテンがなくなると、予想通りに鼓膜が破れそうな女の声。

褌でもいいのか…。

女ってよく分かんない…。

それより部活対抗棒倒しの決勝の相手は、今年はやたら因縁つけられたサッカー部。

向こうも狙ったのか、上半身マッパだ、下はたぶんユニフォームの白パンだけど。

んで、うるさい女の声を黙らすような太鼓の音に位置につく。

その配置がおかしかった。

おかしいとかってレベルじゃない。

その陣形?ていうのか、ギャラリー引いてる、対戦相手のサッカー部も引いてる。

棒倒しの出場人数は最大で30人。

部員が多いとこは最大で出るのが当たり前だから、テニス部も30人きっかり出たよ?

でこの棒倒しの面白いとこは、棒を守るのが10人前後で残りの特攻役の戦いが体育祭で一番盛り上がる。

対戦相手がアメフトだとスクラム組まれるしタックルされる、相撲や柔道だと投げ飛ばされる。

ていうかここぞとばかりに部活間のストレス発散。

たまに対戦前にあるマイクパフォーマンスも盛り上がりがハンパない。

だからと言ってもこれはおかしい。

おかしすぎ。

だって棒を守るのが仁王先輩と柳生先輩だけって、あれってただ棒を立ててるだけじゃん?!

その棒の前に肩ジャージの幸村部長…、意外と褌、似合ってるッスね。

詐欺師コンビは似合わないけど。

特攻役がスタートラインに並ぶワケだけど、27人がラインの長さ一杯に並んで、真ん中が真田副部長。

半端なく威圧感ある、褌似合いすぎ、んで真田副部長の褌姿ですでに一部戦意喪失なサッカー部、分かるぜ、その気持ち…。

明らかに攻守のバランスがおかしい陣形に、これを柳先輩が考えたのかと思ったら、まじ一体なんの作戦だ?てビビッた。

直接指揮を取るらしい柳先輩は列から少し離れたとこに立っている。

うわ〜、これ本気で?と思ったら、構えの合図の太鼓。

上マッパなせいか、みんなの背中が固くなるのが分かった。

異常に早くなる心臓に唇を噛みしめる。

じっとりと髪の中で汗が流れる。

今まで一番大きい太鼓の音が鳴る。

それと同時に勝鬨を上げて走り出す特攻役。

やっぱ真田副部長の声が一番大きい。

背中も大きい、いつだって真田副部長の背中を見てた気がする。

そんな真田副部長につられて俺も走り出しそうになったけど、両方の肩を丸井先輩とジャッカル先輩に押さえられて踏み出した足をこらえた。

我に返って顔を上げると、特攻役がめちゃくちゃ多いせいでサッカー部の特攻役はみんな投げ飛ばされていた、主に真田副部長に、さすが風紀委員。

向こうの特攻役がほとんどグランドに投げ飛ばされた頃、柳先輩が俺たちの方を見て右手を上げた。

それに走り出した丸井先輩とジャッカル先輩。

この戦いは、俺一人にかかってるらしい。

緊張で心臓が痛い。

テニスの試合とちがって、まったく自信がないのが俺らしくない…。

ここにきて急に弱気になった自分にムカついて、地面を蹴ったけど、うっかり裸足だったことを忘れてて少し土踏まずが痛かった。

「赤也。」

怒声と歓声が響くグランドで、柳先輩の静かな声が聞こえた。

そう言えば、試合中どんなに頭に血が上っても柳先輩の声は聞こえたっけ?てぼんやりと思いながら俺は走り出した。

目指すはグランドに四つん這いになった丸井先輩の背中。

『俺の背中踏み台にしろよぃ。』

あの時丸井先輩がそうささやいた。

丸井先輩まであと三歩ってとこでちっこい背中を踏むのをためらいそうになったけど、地味にプライドが高くて力技が全く向かない丸井先輩の気持ちをムダにしたくなくて、俺は右足を丸井先輩の背中に乗せた。

『んで、ジャッカルに上まで上げてもらえ。』

『赤也、任せておけ。』

親指を立てて笑ったジャッカル先輩の組んだ両手に左足を乗せると、

「ファイァァァーッ!!」

真田副部長率いる23人の特攻隊にも負けない掛け声と一緒に俺を棒まで飛ばした。

俺だってケッコーあんのに、一人で投げ飛ばすなんて体力勝負はジャッカル先輩に敵わないなとかのん気に考えてる場合じゃねぇ?!

真田副部長たちの上を通りすぎたときはさすがにやばいと思った。

チラッと柳先輩も見えた。

空中を泳ぐみたいに手足をバタバタさせていたら、不意に幸村部長の顔が見えた。

その後ろで棒を守る気のない仁王先輩が何か企んでる笑いで、その隣の柳生先輩なんか普通に眼鏡押し上げてるし。

で幸村部長、って思ったとき、幸村部長がうなずいたんだ。

時間にしたら何分の1秒か分かんない短時間がコマ送りで見えた。

棒を通りすぎる前に慌てて腕を伸ばして、棒の先に両手でしがみついた。

これが支点・力点・作用点ってヤツかな?

さらに勢いがついた俺が棒の先にぶら下がったら、10人がかりくらいで棒を支えていたけど支えきれなくてサッカー部の棒はあっさり倒れた。

それと一緒に俺も背中から落ちる。

でもあんま痛くなかったのは、こないだから体育でやってる柔道のおかげかな?なんて思いながら立ち上がると試合終了の太鼓が鳴った。

また沸き上がる勝鬨と歓声。

棒を抱えたまま見た青空は今まで見た青よりもきれいだった。

「赤也、何時まで寝ているのだ。」

「うへっ?!ハイッ!!」

さわやかな空にいきなり現れた真田副部長の顔に慌てて起き上がる。

また怒られると身構えていたけど、帽子をかぶってない真田副部長は俺に背中を向けて俺の頭を撫でて行った。

なんだ?勝っても勝ち方にこだわる真田副部長が?って思いながら陣地に戻ったら、土埃ひとつついてない柳先輩がいつの笑顔で、「良くやったな、赤也。」って言ってくれた。

柳先輩に誉められたのが嬉しくて、次は幸村部長にも誉めてもらおうと思っていたら、幸村部長が微笑みながら俺の前に来てくれた。

それで俺が何か言う前に肩にかけてたジャージを脱ぐと土がついた俺の背中にかけた。

「おめでとう。」

幸村部長のジャージが汚れるとか、おめでとうが嬉しいとか、今年も優勝したとかいろんなことを考えたけど、幸村部長を見て、全部分かった。

そうか、次は俺がテニス部を背負っていくんだなって。

で三年生全員が俺のために最高の試合を用意してくれたんだなって…。

「泣くなよ。」

思わず腕で顔を隠したけど幸村部長にはお見通しで。

「体育祭終わったら祝賀会と誕生会だから。」

て俺の頭をぽんと叩くから、マジに泣いてしまった。

先輩たち、テニス部のみんな。

最高の誕生日プレゼントをありがとう。

(20110925)
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