月曜まで全品70円均一(柳)


月曜まで全品70円均一



部活終了後、部室にて着替えをしていると誰かの携帯が振動している音が聞こえた。

右二つ隣のロッカーで精市がワイシャツを肩に掛けたまま携帯を開いたのに、眉間に皺を立てた弦一郎が横目で見ながらネクタイを結んでいる。

見慣れた日常にロッカーを閉じた時に、

「おでん全品70円だって?」

と片手でワイシャツを引き上げながら、残りの手を後ろ手に携帯を翳す。

それに早いのが丸井でロッカーの内側の鏡で手櫛を当てて、

「しかも8本で500円だろぃ。一昨日ちびたちに買って帰ったらいいあんちゃんよぃ?」

更なるお得情報を提供すれば食い付かない訳が無い。

「マジッスか?!じゃ、帰り寄りましょうよ!!」

ネクタイが途中の赤也が両手を上げて喜ぶが黙っていらないのが一人。

「俺はー、はんぺんがいいなぁ、あと巾着とか?」

「…む、」

弦一郎が小言を言う前に精市が笑顔で制した。

「牛筋とかあったかのう…。」

「お値段がはるのから売れてしまいますからねぇ?その点糸こんはレギュラーですから。」

仁王から返却された眼鏡を苺柄と言う紳士とは結び付きそうにない三角形の布で指紋を拭き取っていた。

「ジャッカルはどうする?」

陰で財布と相談をしていたジャッカルへ声を掛けると、苦笑いを浮かべながら剃り上げた頭を掻いて、

「今日300円しかねぇんだよなぁ…。」

寂しい懐事情を明かす。

四本は買えるが、自分の胃に収まるのは一本と言う処か。

「あ、だったら俺と一緒に買おうか。二人で四本ずつ買えば八本500円で一人頭250円じゃん?」

ボタンを掛ける手元が覚束無い精市に、

「すまんな…。」

とジャッカルは照れ臭そうに鼻の下を擦った。

「んじゃ、俺たまごと巾着な!!」

「自分で金を出せよぃ。」

「あだっ?!それ俺のマネかよぃ?!似てねぇし!!」

財布が確保された途端に叫んだ丸井を珍しく仁王がチョップを落とした。

赤也も加わり俄に賑やかになる部室を背に着替えを続行する。

「あの、柳君…。」

「どうした、柳生?」

既に身支度を整えた柳生が俯きがちに話掛けて来た。

「俺もそうしてくれるとありがたい。」

部活後で小腹は空いているが、安さに釣られて八本もと言うには温かい夕食を用意して自分の帰宅を待ってくれている家族に申し訳無い。

「いっそみんな仲良く4本ずつにしたらいいんでないの、弦ちゃん?」

給料日と言う名のお小遣い支給日直近の仁王がそう誘えば、弦一郎は了承代わりに面白くなさそうに鼻を鳴らした。

相変わらず素直なのか単純なのか解らない奴だ。

「ハイハイ。普段食い過ぎのお前らも仲良く半分っこな。」

「アダッ?!あんなもんじゃ足りねぇよぃ!!」

「いでっ?!いや、俺ちがうッスから?!」

「うるさい。早くしろ。」

未だ喚く丸井と赤也の頭をネクタイを緩く結んで着替えを終えた精市が叩いて、部室から早く出る様に催促する。

まだ暫くは掛かりそうな二人に部誌を開くと、精市と弦一郎が明日の練習についての段取りを話し合う。

仁王がロッカーに寄り掛かり携帯を眺め、柳生とジャッカルが考査を見据えて授業の進捗具合の情報交換をしている。

斯くて丸井と赤也の着替えが終わり、部室と用具室の戸締まり確認をして精市達が職員室へ部活終了の報告から帰って来た時には練習が終わって実に四十九分も過ぎていた。

学校に近いコンビニより、駅へは少し回り道になるが一本向こうの通りのコンビニの方が何時の時間帯も欠品が少ない。

特に今回の様な目玉商品の特売おでんの場合はおでん追加補充時間を狙った早い者勝ちとも言えるが、多少煮込んだ方が味が染みて美味しいと俺は思う。

そして集団でラケットバッグを持って小さなコンビニに押し掛けるのは営業妨害になるのではないとか心配になりながら走り出す丸井と赤也の背中を見詰めた。
隣で弦一郎が溜め息をつき、精市が苦笑している。

「うわっ?!豚の角煮とかあるンスけど?」

「あるんじゃぁ、初めてあたったナリ。」

「ラスいちたまご、ゲットだぜぃ。」

「たまご95円?!フツー十個パックで98円で買えるだろう…?」

「ロールキャベツもあるのですかぁ?おでん味は初めてですよ。」

「うっひょ〜い。はんぺん、はんぺん。この膨張率が男の浪漫だよね。」

「…何を訳の解らん事を。豚トロは興味深いな。」

「串焼きでは見掛けるからな。大根がいい色になっている。」

「まーくん、ウィンナー巻きが食べたいナリ。」

「おま、共食いじゃね?え?焼き豆腐ないの?」

「公共の場では慎みたまえ。」

「でもなんでさつま揚げ?みたいなのでウィンナーを包んだンスかね?」

「男の浪漫だよ。こんにゃくはないかぁ、あのぺろんとしたやつ。」

「確かに牛蒡は分かるがウィンナーと言うのは謎だな。」

「売れるからだろう。そしてウィンナーやゴボウだと成形もしやすい利点もある。」

「…いっそ、おでん工場のバイトとかねぇかな?形が悪いのとか持って帰れるとこもあるらしいしな。」

「俺はおでんになりたい。」

「おでんくん。」

「リリーフランキーですね。」

「むしろたまごおうじ。」

「たまごの王子さま。」

「大石の一人勝ちだな。」

「それでは皆さん、注文しますよ。すみません、つくね八本と牛筋串と豚の角煮串が各四本、あ、直ぐ食べるのでトレイでなくレジ袋で構いません、はい、つゆは結構です。たまごは一つしかないのでしょうか、それなら一つで構いません。ウィンナー巻きとゴボウ巻きが二本ずつ、白滝と大根が四本、はんぺんは二枚?ですね、後ひとつですか?でしたら、最後はちくわでお願いします。それからカラシは四つ下さい。」

何時ものやりとりの中から見事に全員の好みを抽出しつつ自分の好みを前面に押す柳生が注文をしていた。

「みんな、ジャッカルにお金を渡せ。そしてジャッカルはカードを提供しろ。」

「え、俺でいいのかよ?」

財布から残り寂しい小銭を出すジャッカルは狼狽えているが、

「手に負えない育ち盛りがいるだろう?」

「あー、あぁ、まぁな。」

せめてものポイントで還元してやろう。

「あ、俺280円ぴったりあった。」

「俺もだ。」

精市と弦一郎が一人250円では正規の値段分をジャッカルの手のひらに乗せた。

「え?おい、多いだろうが。」

慌てて返そうとするジャッカルへ、

「釣りはとっときな。」

と誰かの声真似をした仁王は百円玉三枚を乗せる。

「細かくてすまない。」

と断った俺も五円玉を一枚多く渡した。

「ジャッカル金持ちじゃ〜ん?」

「すげっ?!俺野口さんしかないんで、ついでに雑誌買うッス。」

俺が知る限り二回目となる丸井が金額通りの硬貨を払い、赤也は姉に頼まれたのかロゴが眩しいファッション雑誌と合計が千円未満になるようにヨーグルトとおやつカルパスの11本パックをレジ台に置いた。

店員が柳生の指示の下、大量のおでんを袋に詰めている間にジャッカルは右手に盛り上がった小銭の山を凝視していた。

「…なんか、俺多いよな。」

ぽつりと呟いたジャッカルは、店員の2916円になりますと言う声に重たげな頭を上げると、

「これもお願いします。」

とレジ脇にあった酢だこさんの11枚パック(99円)とうまい棒明太子味(同)をカードと一緒に店員に渡した。

毎回丸井や赤也に浚われているジャッカルが不憫だと思って態とそう言う行動を取ったつもりだったが、本人は特に気にしている様子も無かった。

余剰金で購入した駄菓子を律儀に配るジャッカルの背中を想像して思わず笑みが溢れると精市が脇腹をつついて来るものだから、癖毛を掻き回してやった。

嫌がる精市に反撃される前に身を翻した先にいた仁王と目が合うと奴に意味有り気に口の端を吊り上げる。

全くどいつもこいつも考える事は同じだなとまた笑みが漏れた時にジャッカルの手元に返って来たお釣りとレシートに、その意味が変わる。

「あー!!ジャッカルせんぱい、ポイントが500点越えたッスね!!もう一個追加しましょうよ!!」

「んじゃ、今度こそ餅入り巾着八個!!」

「…お前らなぁ…。」

はしゃぐ丸井と赤也に脱力するジャッカルを気にせずにまた注文をする柳生は流石だな。

ふと感じた視線を追うと弦一郎が呆れた顔をしていた。

ふっ。

そう、全てはデータ通りだ。

次は赤也か仁王辺りだろう。

(20110919)
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