Re:青春

 まさか、まさかそんな事を言われるとは考えもしなかった。それも青学の手塚国光にだ。我らが神の子は部長として最善の判断と行動を取ってきたが、手塚が言った意味での良い部長かと問われると即答に窮する。
 良い部長とは目の前に座る男だと仁王は思う。青学の勝利の為に、いや勝利に導けるたった一人の部員の為に自身の左腕を懸けて戦った姿に会場全体が手塚の勝利を願う流れに変えた。今まで、関東敗北まで立海が絶対王者だった。勝者こそが正義。嘗ての名門が復活を懸けて王者に挑む、正義に逆らう名ばかりの存在が完膚無きまでに叩き潰される事を期待する流れを一球毎に青学側に引き寄せるプレイに魅了されない者はいない。対戦した誰よりも勝利に厳しい皇帝も感化され、部長の指示でもある確実に勝てる策を捨て真っ向勝負を選んだ。そして一生物の一勝にした。
「…羨ましいな。」
 聞いていいのか、聞いてしまっていいのか。この本音を吐き出す相手は別にいるのではないのか。意識しなくても動いている指に伝わる髪を切る感触に胸を切り裂かれた気になった。
「それにしても久し振りに聞いたな。切原の声は宿舎でよく響いていた。」
 不意に話題を変えられて頭がついていかない。ここが作中のアクセント代わりにされた天然というのか、それにしても他校の部長に懐かしまれるとは恥ずかしい限りだ。声のトーンを上げた手塚は再び背筋を伸ばして、
「仁王のイリュージョンは人を良い方へ動かす力がある。」
「っ、」
 鏡越しだがしっかり仁王を見据えていた。誉められたと自惚れてもいいのだろうか。だとしても誉められる事自体久し振りでどんな顔をすればいいか分からない。
「誰よりも俺を理解している仁王と一度ゆっくり話をしたいと思っていた。」
と臆面もなくさらりと言う手塚は確かに天然だ、副部長以上のものに出会う事はないと笑っていた奴等にも引き合わせてみたい。
「…そりゃ乾の領分じゃろうが。」
 恐らく本音しか言わない男は自負に隠した葛藤は気付かないと分かっているから言わせて貰う。青学にも参謀直伝のデータマンがいる、何故他校の仁王が自分の事を理解していると思うか。
「離れているからこそ分かる事があるだろう。」
 青学の天才に向けて言った言葉と同じ台詞で何を仁王に期待しているのか、所詮道化に世界を極めた男の何が分かるというのか。こっちは言葉の端から当時の自尊心を守る選択しか出来ないと言うのに。本当にあの日、あの時、この男をイリュージョンできたのだろうか?それこそ壮大な自惚れだったのではないかと思いながらも頭の隅では一先ずアパートの更新料分までは首が繋がった事に安堵していた。
 それなのに、どうしてもあの青学に助けられた事がどうにも割り切れなくて隠す事もなく客の前で溜め息を落としていた。
 その様子を鏡越しに真っ直ぐ見ていた手塚と目が合う。接客業として謝罪すべきか、このまま厚かましく旧友気取りでいるべきかと考えるより先に口が開いた時、
「ありがとう、仁王。」
と視線を和らげた手塚に、最後のバリケードが崩れる音がした。
 分かっていた、この男には敵わないと。この男にも何をもってしても敵わないと。
「…おまんにだけはペテンは使わんぜよ。」
 苦し紛れに吐いた台詞を惚れた女相手に使えたら憧れていた色男になれただろうに。いつだって言うのはテニスプレイヤーだ。
 コート上の詐欺師はコートの上でもペテンは通じない化け物ばかりだったと言うのに、皮肉な名台詞だと自画自賛してみた。

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