短編


時は金なり



なんて答えたら、丸井先輩に「シュセンドかよ」って爆笑された。

じゃ、シュセンドってなんだって聞いたら柳先輩が「言うところの節約家だな」って教えてくれた。

いや、俺節約とは苦手だし…。

つか座右の銘とか意味分かんなくて、とりあえずカッコつけて英語でも言えることわざ言っただけだし。

Time is moneyなんて俺でも言えるし。

そん時に英語の先生が言ってた。

毎日86400ドル入金される口座を持ってる。

日付が変わると同時に86400ドル振り込れ、前の日の残高はリセットされて貯められない。

でも毎日86400ドル振り込まれる。

86400ドルは86400秒のことで、一日は86400秒どう使うかは自分次第って聞いた。

らしくなくそんなことを考えながら、しなしなのフライドポテトをくわえて幸村部長を見る。

仁王先輩とノリノリで歌ってる。

一ヶ月前だと全国大会だから、入院中は二ヶ月前か。

本当に別人みたいで、元気に騒ぎまくってる。

幸村部長が入院して、もしかするともしかするかもしれないって話が出て、俺は初めて死について考えた。

「どうした、赤也。主役が浮かない顔してはいけないな。」

丸井先輩たちから避難してきた柳先輩が予約コードが載ってる本の方を持って俺の隣に座った。

「まぁ、考えごとを、ちょっと…」

確かに俺の誕生日なのに変なこと考えてるよなって思いながら、コーラの入ったコップをつかむ。

「良かったら相談に乗ろう。」

本を閉じて膝の上に置いた柳先輩だったら答えをくれるのかな?

「…俺、人が死ぬことにもっと鈍感かと思ってた…。」

俺のうちは元々親戚が多くて、しかも近いから葬式とか小さい頃から結構あった。

言ったら変な奴に思われるけど、死は身近なものだった。

同じ町内にじーちゃんちあって仏壇あるし、じーちゃんちに行ったら最初に「ご先祖様に手を合わせなさい」って言われる。

そのあとに仏壇にあがってお菓子が目当てだったりするけど。

もっと変な、頭のおかしい奴みたいな話をすると、ご遺体も見てきた。

「最期のお別れだよ」って花を渡されて、棺桶に入れるときに、うん…、どこのじっちゃんもばっちゃんも眠ってるみたいだったと思う。

だからなのか、俺もよく分かんないけど死は当たり前の話で、すぐ隣にいるものかなってぼんやり考えてた。

怖くないかって言われたら、やっぱりあの世のことなんか分かんないからすごい怖いし、向こうでもテニスやゲームできて、ごはんも食えんのかなー?ってポジティブに考えてみたり。

それに、親戚に赤ちゃん生まれるとこないだ死んだだれかの生まれ変わりだねなんて言ってるの聞いたりしてたから、死んでもまた生まれ変わるんだなって。

じゃ、またテニスしたり、ゲームしたりできるじゃん?って納得したり安心したりですぐ死について考えるの止めてた。

そんなカンジに、ぼんやり考えてた。

「ふむ…、赤也は忌引きが多かったか。」

「えぇっ?!そんなのもデータとってンスかっ?!」

なんか微妙なとこから攻めてきたから、長い指を顎に添えてる柳先輩をガン見してしまった。

「そんなものとは分かっていないな。予想される公欠があるならば長期計画の練習メニューも組みやすいだろう、赤也?」

「…あ、そッスか…」

薄く目を開かれて睨まれてしまった。

柳先輩の前でデータをバカにしちゃいけないのを忘れてた。

「恥ずかしいと言うのもおかしな話しだが、」

柳先輩は膝の上の分厚い本を椅子に置いて、グラスに手をかけると、

「この歳になっても身近な人間に死に立ち会った事がなくてな…。」

柳先輩が見つめるオレンジの光が反射するウーロン茶のグラスがなんかお盆で使う提灯みたいだ。

「…まだ15ッスからね…」

物知りな柳先輩でも知識じゃなくて経験じゃないと分かんないこともあるかもしれない。

だってまだ柳先輩は15だし、俺も14になったばっかりだし。

「ほおう?」

「え?」

ヤバイ、柳先輩の語尾が上がった?!なんかした?!

「赤也が俺を十五歳だと認めてくれているとはな。」

「ちょっ?!何言ってンスかっ?!柳先輩15じゃないッスかっ?!中3でしょ?!俺中2で14だしっ?!」

やっべ、あの顔はカンッペキにからかう気まんまんって顔だ。

と思ったのに、急に横顔に影が落ちる。

「心構えとして同じ境遇の小説を読もうが全く内容が頭に入って来なかったな。」

そう言って一口ウーロン茶を飲んだ。

大きな画面がある前で幸村部長はマラカス持ってはしゃいでる。

たまに真田副部長の尻をマラカスで叩くくらいにいつもの幸村部長だ。

「人生初の葬式が同学年の友人と言うのも、運命とは言えやり切れなさが残る物だな。」

カタンとうるさいはずの部屋で、グラスをテーブルを戻す音がやけに俺の耳に響いた。

「時は金なりって言うじゃないッスか。」

ジャッカル先輩からもらったぬいぐるみの頭をつかんだ。

「赤也の座右の銘だな。」

柳先輩は膝の上で歌の本を巻くった。

「毎日86400ドル振り込まれるって言うじゃないッスか?」

「一日を秒に換算した例え話か。」

「幸村部長は入院してた間悔しくなかったンスかね…。」

悔しくないはずがない。

体動かなくなるくらい悪くなって、見舞いに来た俺たちの顔を見たくない、テニスの話をするな、二度来るなって叫んでた。

悔しくないのかって俺が言う話じゃない。

今寝たら明日の朝には目が覚めないかもしれなくて怖くて眠れなかった幸村部長が、テニスができなくて悔しがった時間を憎んでも憎んでも足りないくらい憎んでるに決まってる。

大画面の真ん前で入院する前と全く変わらないで、マイク離さない幸村部長が柳生先輩とデュエットしてる。

意外と柳生先輩いい声してるなぁと思ってたら、柳先輩が音が出るくらい大袈裟に本を閉じた。

本を大事に扱う柳先輩には珍しいなって、柳先輩の方を見たら、

「本音を言うと精市の見舞いに行くのが怖かったよ。」

俺に手を伸ばして、頭をぽんぽんと叩いた。

「今は病が精市を蝕んでいるが、いつ死に変わるか。死を纏うようになった精市を直視できるのか。」

なんか千里眼的なにかがある柳先輩はそういうの分かるのか…。

俺は顔色くらいしか分かんなかった。

「俺一人で見舞いに来いと言われた時は、…それこそ末期の頼みかと…。」

そこまで言った柳先輩は俺の頭を引き寄せて、何も言わなくなった。

そう言えば…、柳先輩は誕生日に幸村部長の見舞いに一人で行ったっけ…?

その時の幸村部長は特別室?だかに入ってて、決まった時間に家族しか入れないくらい厳重な部屋らしい。

家族じゃなくて、幼なじみの真田副部長じゃなくて。

柳先輩。

柳先輩を選んだ理由は、幸村部長と柳先輩しか分かんない何かがあるんだろうな。

真田副部長も入れなかった部屋に柳先輩が呼ばれたことには何も言ってなかったと思う。

もしかしたら真田副部長も気付いてたのかも。

鈍いけど、言葉にすることができないけど。

そう思うとやっぱり三強の絆はすごいな。

この人たちに勝てるのか?って不安になるのはテニスばっかじゃないんだよな…。

「お?いいことやってるね。」

「むぎゃっ?!」

突然柳先輩と反対側から抱きしめられたと思ったら、膝の上になんか乗ってきた。

「誕生日プレゼントは俺!赤也、楽しんでる?」

「イデデデ?!ちょっ?!加減してくださいよ、幸村部長?!」

すごいムリヤリな体勢の幸村部長がギリギリと俺を抱きしめる腕に力を込めるから、体中が痛くてしょうがない。

「精市、嬉しいのは分かるがその辺りにしておいてやれ。」

幸村部長の腕の下からするりと柳先輩の手が抜けて、ちょっとは楽になった。

「だって俺凄く嬉しいんだ。またみんなとテニスが出来て、今日みたいにバカ騒ぎ出来るのがさ。」

「ちょ〜ぉぉぉっ?!チューはムリ!チューはダメ!」

俺の首固定してほっぺに口押し付けるの禁止!パワーS!

「本当に生きてて良かったよ、赤也。」

「幸村部長…、」

さっきから変な体勢のまんま俺の膝の上にいる幸村部長の笑顔がとてもきれいで見とれてしまった。

今まで死に慣れてるなんて中二ちっくなこと言ってたけど、でもそれって、本当に近くにいる人の死じゃないからぼんやりだったり、変にポジティブに思えるんだろうな。

幸村部長を見て思った。

生きるって大変なんだ。

闘病って漢字の通りで、柳先輩の言ったみたいに病気の後ろにいる死と闘うんだ。

闘いに勝った幸村部長だから、こんなにきれいで生き生きしてるんだ。

幸村部長ってテニス以外でも神の子だよなって思った時、また幸村部長が首を傾げて微笑んだ。

「誕生日おめでとう。」

「ぎゃぁぁぁぁっ?!」

「仲良き事は美しき哉。」

俺が幸村部長にほっぺちゅーされても平気で写メ撮る柳先輩!!

誕生日プレゼントに英単語帳なの一生忘れないッスからね!!

(20130925・'13切誕)
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