短編


食う・寝る・遊ぶ


朝から集まってくる箱の中からケーキを出すのがの超楽しみ。

んで、開いた箱の中から一番甘そうなケーキを取り出してかぶりついた。

そんな時でも女子たちが嬉しそうな声で俺の机にケーキを置いていく。

愛想笑いに返事して手を振るだけで、真っ赤になって逃げるみたいに走ってく子たち見てたら、やっべぇ?テニス部効果ってマジモンじゃね?とか思うが、マジモンなら今ごろ彼女いるって。

今年も男だらけのテニス部でお誕生日会かぁ…って思いながら、かじったまんまで口の中にあるケーキを噛み砕く。

(……、)

どんなに噛んでも、唾液と混じっても、味がしないのはなんでだ?

あー?さっきガムがシュガーレスのせいかぁ?分かんねぇけど、続けて二口ケーキをかじったが、やっぱ味がしねぇ…。

その上なんだか胸焼けしてきたけど、マジ大丈夫か、俺の体…?

あと一口で食えそうなケーキを箱に戻して、紙パックの紅茶のストローをくわえながら机に肘をついた。

そん時に見えた箱の中身にあったケーキを見て、幸村くんを思い出した。

(今ごろまた検査かなぁ…?)

幸村くんが面会謝絶になって一ヶ月近くになってる。

病気のせいで免疫力が落ちてるとこにきて、風邪を引いたもんだから、命取りにもなりかねないからってICUだが無菌室だかに入れられちゃったって。

容態によっては家族でも会えない日もあるって、聞いた…。

幸村くんに最後に会ったのは、天気がよくて風もない日。

まだ幸村くんが歩いて屋上に行けた頃。

その前に見舞いに行った時に、あそこのケーキ屋のエクレアが食べたいって言ってた。

人気の店だからなんとしてでも買いたくて、仁王とこっそり授業抜け出して買いに行ったのを、真田も知らない振りしてくれてた。

柳生がお気に入りの紅茶を家から持って来て、部室で淹れて、水筒に詰めてた。

屋上でお茶をするのにちょうど良い天気だなって柳も言ってた。

久しぶりに幸村くんに会えるって赤也だけじゃなくて、俺らやジャッカルもテンション上がってた。

だからかな?

幸村くんも今日は気分がいいんだって微笑んで、屋上まで行ったんだ。

いつものように部活の報告や学校のことを話す俺たちに笑顔でうなずいてた。

水筒の紅茶に嬉しそうに目を細めて。

たまに鋭いツッコミを入れて。

赤也や真田をからかって。

笑顔と笑い声が途切れなかった。

だけど。

幸村くんは食べなかった。

食べたかったハズのエクレアには手も伸ばさなかった。

ただ。

ただ、みんなが話に夢中になっているときに、一瞬だけ箱を見て、悲しそうな顔をした。

その理由を聞いて、いいのか。

悪いのか。

幸村くんのプライド的に聞かない方がいいんだろうなぁ。

帰り際に、食い意地の汚い俺が食べていい?って聞いて、オトナ組にたしなめられながら、うまくお持ち帰りしたワケだが。

そん時に持って帰ってもらったほうが助かるよなんて言って俺の手を握った幸村くんの手が冷たかった。

もう春なのに。

真冬の時みたいに冷たい指先。

美人な見た目を裏切るとんでも握力だったのに、そっと俺に手を添えただけみたいな、そんな握り方…。

女子だって遠慮したってあんな添えるだけってねぇよ…。

それくらいに病気が幸村くんを支配して、苦しめ続けていた…。

ふとした時に幸村くんから感じる不安。

あれが死、って奴なんだろうか?

中三になるまで身内に葬式がないって幸せな事なんだろうな、死の概念っていうのか、まだ死の存在が遠くにあるような気がしかない。

むしろ自分には一生無関係なものにしか思えない。

一生無関係って事はないだろうが、一生って思っちゃうくらい俺の頭は単純だ。

人生なんてもんは「食う・寝る・遊ぶ」の三つで充分だ。

三食おやつ付きで目一杯テニスとバカやってお布団入ってまた明日。

そんだお日様が昇ったら、おんなじ事が繰り返せればラッキー。

何気なく箱を見たらイチゴのエクレア。

中のクリームと室温の差のせいで汗をかいてる。

周りにもケーキがあるからチョコが指につくの覚悟で真ん中辺りを掴んで持ち上げた。



──「ブン太の食べっぷりって見てて気持ちいいよね。食欲ない時とか一緒に食べたいって思うよ。」



今日も幸村くんは味も何もないドロドロの病院食食ってんのかなぁ?

胃の調子が悪いか知らないけど、アレは地獄だ…。

もし病気で入院した時にアレがでたら俺は発狂するな、自信ある。

牛乳がキツイからって紙パックをお土産って笑いながら渡してきた幸村くんは、何が楽しみで生きてんのかな?

病気治す目的はテニスじゃん?三連覇じゃん?

その治療してる毎日の中の楽しみってか励みみたいなのあるのかな?

「なぁ、詐欺師。」

隣で背伸びしてビジジャン読んでる銀髪を呼んだ。

「ちょっとこれで幸村くんやってくんねぇ?」

エクレア突きつけたら、大袈裟に雑誌を閉じる音がした。

「誕生日だからと言って余り羽目を外すな。そのツケが全て体内に蓄積する事を忘れるな。更に質の悪い事に丸井の場合は内臓につきやすいのだから。」

「って柳かよっ?!」

だからなんでそこで参謀なんだって全力で振り返ったら、本当に柳が立ってた、仁王の後ろに…。

やっべぇ…、真田とはまた違ったパターンな幸村くん信者の前でやっちまった…。

思わず頭抱えて柳からも仁王からも背を向けて、机に肘をついた。

「すまない、丸井。」

急に柳が謝ってきた。

「やはり精市は、」

「いいよ。」

らしくない沈んだ声の柳についキツく言ってしまった。

「…別に柳が悪いワケじゃないだろぃ?大丈夫、だから、さ…。」

俺は、大丈夫。

うまいもん食って、好きなだけテニスやって寝たら、また明日が来るから。

「近いうちに幸村くんに会える日も来るだろぃ?」

幸村くんだって治療に一生懸命なんだ、病気と戦ってんだ。

神の子なんだから華麗に復活する日もすぐだろぃ。

「ブン太、俺の分も食べなよ。」

なんて白髪頭がお誕生日サービスで完璧に幸村くんイリュージョンするからさ?

あー…。

なんか無糖の紅茶が目に染みるぜぃ…。

(20120617・'12丸誕SS)
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