短編


去り行く春と迎え来る春の間に


春休みの宿題なんかいらないってつーの、なんでワークじゃなくて調べ物なんだよ?

超だりぃって部活のあとに図書館に来たワケだ。

司書サンが退職して新しい人が来るまでいないとか、学年末だし図書委員もいないからホントは閉館なんだって。

だけどテニス部ってだけで鍵借りれた。

ラッキーにはラッキーだけど、柳先輩探しに来る以外は図書館なんて来たことないから、使い方分かんないだよなぁ?

ま、なんとかなるか?

図書館の前で来たら、電気ついてたし。

なんだ誰かいんじゃん?と鍵を指に引っかけてクルクル回しながら、ドアを開けた。

カウンターには誰もいないから、本でも探してんのかな?

中に入ってテーブルの前で来たら、誰かの勉強道具があった。

チラッと覗いたらフランス語だし、英語だけでもいっぱいいっぱいなのによくやるよなって一つ離れたテーブルに座ろうとか後ろを向いた。

「うわっ?!幸村ぶちょー…?」

「もう部長じゃないだろ?」

にこにこと笑う幸村部長、じゃなくて幸村先輩が本の束を片手に持って肩に担ぐ感じで立ってた。

「幸村、先輩…?」

「なんで疑問系なの?昔みたいに幸村さまでもいいけど?」

「ぷっ…。」

まだ幸村先輩って呼び慣れない俺をからかう幸村先輩がらしくって、なんか無意識に張ってた肩から力が抜けた。

「やっと赤也らしくなったね。」

「え?」

フッと一瞬寂しそうな横顔をした幸村先輩は、

「隣においでよ。」

と勉強道具を広げた席に右側の椅子を叩いた。

「んじゃ、お言葉に甘えて…。」

ラケバを下ろして、なんか変に緊張しながら幸村先輩の隣に座った。

「春休みの宿題?」

「そうなンスけど…、」

俺を覗き込んで来た幸村先輩の前に、ラケバから渡された用紙を取り出したら、幸村先輩も苦笑い。

「自由論文って、どう見たって先生の手抜きだろ。」

「ッスよねぇ…、何やればいいンスか?」

二年の時の担任は小学生の時の自由研究レベルでもいいからとにかく出せって。

やったことと出したことが評価になるっていうけど、三年の担任がアイツだったら、すんげぇダメ出し食らうの分かるからやりずらいんだよなぁ…。

「テニスの成り立ちと歴史でいいんじゃない?」

簡単に言った幸村先輩は持ってきた分厚い本をペラペラめくって、ノートに書き込んでる。

「…幸村、先輩は何やってンスか?」

高校入学するの待つだけで勉強する必要ないハズなのに…?

「実力テストがね、入学式の次の日にあるからさ。その試験勉強。」

「マジッスか?!」

え?中学からの持ち上がりは面接と内申で、外部は試験もあるけど。

入学式のあとって言ったらクラスも決まってるのにまたテストとか、まじ高校すげぇ…。

「選択外語は外部だけでなく内進でも差が出るからね。その為のクラス分けも兼ねてるみたい。」

仕方なさそうに肩をすくめて笑う幸村先輩に、ちょっと違和感?

なんだろう…?

「どうかした、赤也?」

黙ったまんまの俺に不思議そうに首をかしげた幸村先輩に違和感を感じた理由が分かった。

「ネクタイ…、」

ネクタイ、してなかったんだ。

一応いいこちゃんの方に入る幸村先輩は目立った違反はしないから、ネクタイをしてない幸村先輩っていうのは相当レアかも…?

「あぁ…、そうだね。」

ベスト着てるけど、第二ボタンまで外してるのは珍しいかな?

「どっちのネクタイしたらいいかまだ迷っててさ。」

幸村先輩は首の辺りを触りながら、視線を下向きにした。

その表情が、ちょっと…。

一個上の差を感じた。

「ん、と…?」

急に知らない人に見えた幸村先輩から目を反らして、わざを大きな声を出して自分をごまかした。

「あー…、高校上がるとネクタイの色変わるンスよねぇ?」

そしたら、ホントに幸村先輩たちと差がついちゃって、悔しいけど、寂しいよなぁ…。

「そうだね。」

「うげっ?!」

返事をして幸村先輩はいきなり俺のネクタイを引っ張った。

その拍子に俺と幸村先輩の顔が妙に近くなる。

「まだこの色のネクタイしてる赤也が憎たらしいよ。」

「…え?」

憎たらしいって、てか、ゆゆゆゆ幸村せんぱっ…???!!!

なんでか目を細めて顔を傾けるとかとかとかとか…っ?!

それだけはまじ勘弁してくださ…っ?!

「…へ?」

「まだ中学生な赤也が羨ましいな。」

て中学カラーの俺のネクタイにキスした幸村部長に、去年の夏を思い出した。

悔しくて悔しくて、泣いても泣いても止まらない涙をまた思い出して、唇を噛み締めた。

「たった半年しか違わないのにね。」

「……」

離されたネクタイはよっぽど強い力で握られてたのか、くしゃくしゃになっていた。

半年、半年って…?って必死に考えて、そういや幸村先輩は早生まれの三月で、俺が九月だから、そういうことか…。

しかも幸村先輩は病気で八ヶ月くらいテニスはできなかったから…。

「ってぇ?!」

「変な気回さなくていいよ。」

テーブルに頬杖をついてデコピン発射したまんまの体勢の幸村先輩は、

「先に行って向こうのコートを確保してるから、」

そこで言葉を切ってスッと表情を消した幸村部長に思わず背筋を伸ばした。

「赤也は俺から奪えばいいよ。」

「……」

…敵わない。

ホントにこの人には敵わないな…。

だからこそ、絶対に勝たなきゃなんない人の一人なんだよな。

「安心してくださいよ。」

俺もテーブルに肘をかけて幸村部長を真っ正面から見て、

「来年の高校入学には、王者立海大を優勝に導いた切原赤也君で新入生代表読んじゃいますから。」

これくらいやって当然ッスよね?

幸村部長たちに勝つには。

「その赤也の為にも俺達も団体個人制覇して待ってるよ。」

なんて余裕の笑顔で返されるから、春休みどころか一年なんて短くて仕方ないッスね。

幸村部長と同じネクタイの色なんてすぐだから。

俺は、俺たちは大丈夫。

(20120408)
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