夏の夜の夢の如しで終わらせない
今日は部活の帰りに皆さんで夜店に行く事になりました。
例祭を行っている神社に近付くなり、走り出した丸井君と切原君を真田君が引き留め、幸村君の提案で最初に本殿の方へ行き、全員で優勝祈願をしました。
「おみくじあるッスーっ?!やってもいいッスかっ?!」
御神木の近くに設けられた御神籤の箱と賽銭箱を見付けた切原君が柳君の腕を引っ張っていました。
「凶が出ても落ち込むなよ。」
と苦笑する柳君は切原君と一緒に御神籤の方へ歩いて行きます。
「うわー、赤也、占いよりメシとか言ってたクセに。」
珍しくガムを噛んでいない丸井君は既に臨戦体勢の様です。
「じゃ、幸村君。俺ら先行ってるわ?行くぜぃ!!ジャッカル!!」
「お前っ?!こんな時だけ早いよなっ?!悪いな、幸村!!」
桑原君も幸村君に断って丸井君の背中を追います。
目を引く後ろ姿の二人があっと言う間に人混みに紛れた頃に、
「さぁ、俺達も食べるよ。柳生はどうする?」
「…私、ですか?」
真田君に話し掛けているとばかり思っていた幸村君に突然話を振られて、戸惑いました。
「何時の間にか仁王もいないしね。俺達と来る?」
言われて見れば一番目立つ銀髪の彼がいませんでした。
「いえ、少し一人で歩いてみようかと思います。」
最初は個々に夜店に行く話だった様ですが、幸村君の提案で皆さんで行く事になりました。
そうなると世話役の真田君の負担が増えるが目に見えていますから、参拝の後は皆さん散り散りになった様ですし、今日ばかりは真田君もゆっくり羽を伸ばすのもいいかと思います。
「そう。…寂しくなったら、何時でも呼んでね。行こう、真田。」
「うむ。」
私が幸村君の誘いを断ってしまうと、少しつまらなそうな顔しながらも、楽しそうに真田君と人波に消えていきました。
彼もまた、ただの中学生なのだと、少し安心しました。
「ありがとうございます。幸村君。」
言いそびれた言葉を揺れる提灯の明かりに漂わせました。
皆さんから一拍遅れる事、人の流れに身を任せながら、屋台を見て回りました。
実に多種多様な物が所狭しと並べられていて、充分目の保養になります。
部活後の人いきれと特有の匂いに少し疲れを覚え、途中御茶屋で出していた冷茶と葛切りのセットを買い、神社の影になっている噴水へやって来ました。
そこには数人の祭りの熱気に当てられた方がいました。
その中に見知った顔が一人。
「柳生も来たのか。」
と珍しく携帯を覗いていた柳君が軽く手を上げていました。
「やはり人混みと言うのは疲れますね。」
彼の隣に腰を掛けると、柳君は携帯を閉じて、
「嫌いでは無いのだがな、苦手だ。」
微苦笑を浮かべた柳君の脇にはたこ焼きやカラメル焼きが置いてありました。
薄味を好む柳君にしては、と思いましたが彼も夜店の風に当てられたかの解釈してそれについては何も言いませんですが、私の視線を見逃さなかった柳君は、
「赤也がくれたのだ。美味しいから食べてみろと。」
と私にトレイを差し出した柳君。
「良いのですか?折角切原君が買って来てくれた物ですし。」
「次はリンゴ飴とスイートポテト、唐揚げもか。その次もある様だしな。」
ふと笑みを溢した柳君は、私に向き直り、
「到底二人でも食べ切れる物でも無い。気になるなら後日学食でも奢ってやればいい。」
「…それでは、お言葉に甘えて。」
未だトレイを差し出したままの柳君からたこ焼きをいただき、口の中に運びました。
同じ店では無いのに、初めて食べた時と変わらない味がするのは何故でしょうか?
お礼にと葛切りを差し出せば柳君は、
「良く見付けられたな?どちらかと言えばこう言う甘さの物が欲しかったのだ。」
と嬉しそうにきな粉色に楊枝を刺していました。
「柳君、」
不意に頭に浮かんだ言葉を彼に否定して貰いたくて、気が付いた時には言ってしまっていました。
「何時までこうしていられるのですかね?」
決して言わないつもりでした。
絶対に、これだけ。
どの時期でも、何年経とうが。
「柳生、」
「…はい。」
平素と変わらない柳君の静かな声に、後悔と、知らない間に芽生えた不安に、スラックスを握っていた自分の手に気が付きました。
柳君は人並みから漏れた揺れる夜店の明かりを見詰めながら、
「外部進学を希望しているのか?」
「…いえ。高校も立海に進みます。柳君もですよね?」
我が立海はテニスだけでなく、学力も全国に名高い、難関と言われる大学を目標とするにも最高の環境が整っていると言えます。
「聞くまでも無いな。」
息を漏らすかの様に小さく笑った柳君はペットボトルを持つと、蓋に指を掛けて、
「テニスを抜きにしても、立海でやり残した事は多い。気が変わらなければ、死ぬまで立海に居そうな勢いだ。」
とペットボトルを口に含む柳君の横顔を見て、やはり言っても良かった事だったのかと安心したその時。
「やーぎゅ。」
「っ?!」
突然背中に重みと熱を感じて噎せそうになりました。
「仁王か。もう気が済んだのか?」
またペットボトルの蓋を閉じる柳君が私の背中にのし掛かる重みに声を掛けました。
「おう。もう充分じゃ。」
「そうか。何か食べるか。」
私の状態を然して気にもせず柳君は私の後ろに様々な物が乗ったトレーを差し出します。
「…仁王君、」
「柳生、手を出しんしゃい。」
離れて下さいと言う前に無理矢理仁王君に手を取られてしまいました。
その掌に乗せられたゴム製のボール。
何の意味があるのでしょうかと仁王君を振り返れば、柳君が興味深そうに声を上げます。
「ドラゴンボールか。よく七種揃えたな。」
あの漫画をモチーフにしたボールの様で、クリアカラーの中心にちゃんと赤い星がそれぞれに一個から七個書かれていました。
そして、これは。
「で、こっちが参謀の分。」
と私の背中に張り付いたまま仁王君は柳君に同じボールを七つ手渡してました。
「俺のもあるのか。では、早速願掛けをしてみようか。」
「柳のは四星球が三つあるがの。」
「だが叶ってしまったが?」
「参謀のはデータじゃき。」
二人のやり取りの先には両手一杯に食べ物を持った切原君。
「やなぎせんぱーい!!げっ?!仁王せんぱいっ?!」
「赤也は相変わらず生意気じゃの。」
「それは日頃の仁王君の接し方が原因なのでは?」
楽しげに喉の奥で笑う仁王が不意に真剣な声を出しました。
「柳生は何を願うんじゃ?」
「私は…、」
掌の七つのゴムボールに目を落とした時、
「あ!!幸村部長!!」
「俺らもいんだろぃっ?!」
切原君の言葉の先には夜店巡りをしていた筈の幸村達もここに集まって来た様です。
「どうやら願わずしても叶う物だった様です。」
掌に余る七つのボールを握り締めると、仁王君は漸く私の背中から離れてくれました。
「会いたくなったら、いつでも呼びんしゃい。」
「はい。」
それは夏の夜の夢で終わらせない約束だと信じています。 [戻る]
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