一人っ子だってつらいよ
「と言う訳で、赤也お願いね。」
「はっ?!ちょっ?!どっから、何がどんな風に繋がってるンスかっ?!」
出たっ?!幸村部長の無茶振りっ?!
ていうか、デシャ・ヴっ?!
ナニっ?!今日は、いや今日もまたおっかないことやらされんのかとビビっていたら、また神の子スマイルで、
「ジャッカルの誕生日は『一日お兄ちゃん券』に決まりました!!」
ナニその安上がりっ?!
「その名誉ある弟役には二年D組の切原赤也君が任命されました!!ハイ、拍手!!」
ってなんでみんな拍手してるんだよっ?!
つか、俺生け贄じゃん?!
魔王の生け贄じゃん?!
「週末は二十四時間ジャッカル密着で、お兄ちゃんの気分を味わわせてあげてね。今、魔王と思った事はジャッカルの誕生日無礼講で忘れてあげるからさ。」
「…ッス。」
こええぇぇぇーっ?!
もう人間の域越えてるしっ?!
神の子ってか、もう神だよ、神!!ゴッド!!
「あははは…、たまに幸村にそういうとこあるよな。」
「ッスよねぇー?俺あのヒトの弟じゃなくって良かったッス、マジに。」
俺の隣でニンジンを炒めてるジャッカル先輩に、今日一日押し掛け弟になるまでの出来事を話した。
幸村部長が恐ろしくてマジ半泣きでジャッカル先輩にしがみついた俺も根性ナシだが、そんな俺を苦笑いしながら「いいぜ。うち来いよ。」って言ってくれるジャッカル先輩に、一日だけじゃなくマジで弟になりたい。
「お、ラケットの形か?やるな、赤也。」
「へへー、面白いっしょ?」
夕食はハンバーグで、一緒に作ることになった。
家にいるときの俺は、部活から帰ってきたらへたって、飯食って、風呂入って、即寝るんだけど。
ジャッカル先輩は違う。
部活の帰りに買い物して、家に着いたら、洗濯しながら夕食の準備してって、本当に忙しい。
ご飯の後に洗濯物干して、風呂入って、更にちゃんと宿題とか予習なんかしちゃうから、マジ尊敬しちゃう。
それもジャッカル先輩の父ちゃんが働き始めて、共働きになっちゃったから、家のことをジャッカル先輩が手伝ってんだってさー。
手伝うってか、もう主婦なレベルなンスけど。
まぁ、ジャッカル先輩が言うには、
「うちは親父が専業主夫で釣り合いがとれてたんだけどなぁ。俺の為に働きだしてよ。」
って、またあの苦笑い。
ジャッカル先輩はごまかすときは、あの苦笑いをする。
みんなじゃなくて、自分をごまかすときに。
なんでそうなのかと思ったら、ある日柳先輩にぽつりと言ってたの聞いちゃった。
「雑誌のプロフィールで、世帯主の職業が無職っつうのが、なんか近所のおばちゃん達はヒソられてたらしくて。…それを気にした親父がいきなり働くって職探ししたんだ。」
うちはそれが家族の形だから、俺は別に良かったんだけどなって言ってたのが、やけに印象に残ってた。
「赤也、ガットの部分を薄くしないと、グリップの方と一緒に焼き上がらないぞ。」
「え?…あ、ハイ。」
ジャッカル先輩って、いっつも他人のことを一番に考えるヒトだよなってぼぅっとしてたら、長い箸で俺の作ったラケットバーグの横をチョンチョンとつついてた。
「ん…、こんなもんッスか?」
「あー…、いいんじゃねぇか?」
薄くしろって言われて薄くしてみたら、なんか卓球のラケットみたいな形になってしまった。
そのラケットバーグを焼いてみたら、やっぱりというか、グリップはカリカリでガットはジューシーな、一口で二度おいしい出来上がりで、ジャッカル先輩も喜んでた。
で後片付けをして、一緒にお風呂!!ってなったとき、急にジャッカル先輩が恐ろしいことを言い出した。
「そう言えば、あそこの合宿場の露天風呂を思い出すなぁ。」
「げっ?!俺は自分の記憶から消したいベストスリーに入ってるッスよっ?!」
ナニがあったかって、いくつになっても脳みそ幼稚園児の3Bコンビがやらかせて、真田副部長じゃなくて、柳先輩と柳生先輩をキレさせた恐ろしい事件が…。
幸村部長に悪いが、あのヒトがいなくて本当に良かった!!マ・ジ・で!!
「ジャッカル先輩!!背中洗ってあげるッス!!」
「バカっ?!そこ頭だ!!」
お約束で頭のてっぺんから背中まで洗ってあげた、ボディーソープがついたたわしで。
うーん、ジャッカル先輩の家はあのワシャワシャのタオルじゃなくてたわしなんだなぁ。
どうりで年中ハゲでも丈夫なワケだ。
「…赤也、頭を叩くな。」
「スンマンセン。なんか人体の不思議的な物を感じたんで…。」
思わずたわしとジャッカル先輩の頭を見比べてしまっていた。
「じゃ、次は俺が赤也の頭を洗ってやるな。」
「はっ?!いいッスよ。」
ボディーソープで洗ったら、ゴワゴワして余計に天パが大変なことになるっ?!
「おー、赤也の髪は泡立ちがいいなぁー。」
「…どうせ、ワカメって言うでしょ。」
嬉しそうなジャッカル先輩に悪いけど、ワカメって言われるのかなり傷付くんですけど。
俺の姉ちゃんだって、俺よりワカメなのに、ワカメって言われないんだぜ?
それっておかしくね?
昔は俺も「天パでかわいいね。」なんて言われたのにさ…。
「なんか思い出すなぁ〜。」
俺が思い出したくないことを思い出しているのと一緒に、ジャッカル先輩も何か思い出したらしい。
「向こうにいる時に、赤也みたいに真っ黒でカールのかかった犬飼っててさ。」
「犬…?」
つか俺みたいな犬ってどんな犬だ?
「あぁ。そいつ、犬なのにシャンプー好きで、俺が風呂に入ってるとシャンプーしろって毎日洗ってやったっけな…。」
ちょっとフェードアウト気味なジャッカル先輩の声。
俺の髪のせいでホームシックになっちゃたりして…?
「い、ま、…その犬はどうしたンスか?」
ジャッカル先輩んちはマンションだし、家の中にも動物を飼ってるカンジはなかった。
「置いてきた。…いとこが面倒みてくれて、たまに写真送ってくるぜ。あ、後で見せてやるな。」
今、ゼッタイあの苦笑いした。
「帰りたい、とか思ったりします?」
ジャッカル先輩は向こうで生まれて、小さい頃に日本に来て、小学校に入る時に向こう戻って、中学は立海ってけっこう忙しい人生送ってるヒトだ。
この十五年の間、暮らした期間が長い向こうの方がいいのかなって思ったりする。
それって、ちょっと、さみしい…。
「バカか。」
「うばっ?!」
ざばんと頭からお湯を掛けられたかと思ったら、
「ここが俺の家で、帰る場所だ。で今日は赤也の家でもあるんだぜ?」
「あたっ?!」
軽く小突かれたら、モヤモヤした気持ちが泡と一緒に流れていった。
「あー、赤也が弟だったら、寂しくないし、楽しいんだろうな。」
先に湯船に入ったジャッカル先輩がお湯を救って顔を撫でてた。
それに俺もさっさと体の泡を流して、お湯に浸かると、
「ちょー楽しいッスよ!!」
俺も幸村部長を越えそうな電波で魔王な姉ちゃんよりジャッカル先輩が兄ちゃんならいい。
「そうか、よかったらまた泊まりに来いよ。」
「イエッサー!!」
「おいッ?!静かに入れ。」
「スンマンセン…。」
なんかいろいろ嬉しくて両手をあげて喜んでしまった。
あ、でも。
それよりも先に言わなきゃなんないことがあったんだ。
「誕生日おめでとう、兄ちゃん。」
「…はは、ありがとな、ブラザー。」
俺より先に生まれてきて、先輩で兄ちゃん役になってくれて、俺もありがとうございます。
(20101103)
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