誕生日保険に入りませんか?
(捏造+暗めなのでご注意)
朝練前の部室で着替えしながら欠伸をしたら、真田に「寝不足は体に毒だぞ。」と小突かれたので、蹴りながら柳生の行き先を聞いたらもうコートに行ったってさ。
あいつも真面目ちゃんだからなと思いながら、結構開始時間ギリギリだし、朝練の後に話し掛ける事にした。
「幸村君。」
と呑気に構えていたら、向こうから話し掛けられた、また真田がいらない気でも回して「呼んでる」とか言ったのか?
普段はありがたいけど、今日は恥ずかしい。
用件を言ったら柳生も恥ずかしいと思うよ?
「本当は朝練前にお渡ししようかと思ったのですが、時間が取れなくて幸村君が最後になってしまってすみませんでした。」
「?」
柳生に本かDVD貸していたっけ?と考えていたら、柳生はスクバから薄い水色の紙に包まれた物を取り出した。
どう見てもプレゼント仕様だ。
プレゼント?なんで?俺に?
寧ろ今日は柳生がプレゼントされる側でしょう?
「本当に、俺に、なの?」
女子から結構貰ったりするけど、それって校内イベントの一環みたいなもので、柳生みたいな真面目な奴から貰うのとは意味が全然違うから変に緊張してきた。
「…はい。」
そんな俺の内心を知らない柳生は少し照れたように俯いて、
「恥ずかしながら実は私の誕生日でして、」
うん、知ってる。
俺のスクバにも柳生宛のプレゼントが待機中だ。
「幸村君に出会えた事に感謝をしようと思ったささやかな印です。」
「自分の誕生日に?」
それ、普通は俺の誕生日に言う台詞じゃないの?
「自分の誕生日だからこそ、私を支えてくれた皆さんに感謝したいんです。」
「…ふーん、」
分からないでもない。
人は一人では生きられない。
それは高度医療によって生長らえた俺がよく分かっている。
どれだけの人に支えられたか、どれだけの人に励まされたか。
その中にテニス部の仲間で友人の柳生もいる。
でも、俺は自分の誕生日だからって今まで関わった人全員に感謝の気持ちが湧くだろうか?
「受け取ってくれますか?」
少し緊張気味な柳生は久しぶりに見た気がする。
「俺で良ければ。」
そう言いながら柳生の手から摘まみ上げた包みは重さと音からいってクッキーっぽい。
「幸村君だからですよ。」
空になった方の指で眼鏡を押し上げる柳生はいつもの柳生で、この流れならと思った俺はスクバから柳生へのプレゼントを出した。
「誕生日おめでとう。お前がいなかったら、俺は常識を知らないまま生きていそうだよ。」
「それならばより神に近い幸村君を見られましたね。」
なんて言い残して部室を出て行く柳生はいつからあんなキャラになったんだか?
ま、嫌いじゃないけど……、なんとなく安心した。
それから、五、六時間目の体育は具合が悪いとサボった。
こういう時、入院歴があると便利だなと思いながら、仁王から借りた本を読みながら柳生から貰ったクッキーを食べていた。
「む?体育はどうした?」
誰もいないC組に真田の声が響く、大体にして地声が他人の叫び声に近いけど。
「具合が悪い、てかなんで体育だって知ってんの?」
お前は柳か?データ真田とかムカつくから。
「お前が自分で言っていただろう。」
呆れた様に溜め息をつく真田は珍しく教室の中まで入ってきて、俺の前の席に座った。
こいつ、デカイ図体して結構人見知りなところがあるから、自分のクラス以外には入れなかったりする。
だからって戸口でデカイ声で呼ばれる身にもなれって。
「漫画か?見回りの教師が来るとも限らんから、フランス語の課題をやる振りに見える様小説の方が良かろうに。」
意外でしょ?付き合いの長い俺には年相応な事も言うんだよ?
三馬鹿対策で普段も鬼の風紀委員長モードなんだけど、ま、柳にはバレてる。
「仁王からの又借りでさ、今日のHR前に返さないとなんなくて…。」
と言って真田の視線に気付いて、無意識に伸ばしていた手の先にあるクッキー。
「食べる?」
「いや、構わん。」
一つ真田の前に翳したら拒否られた。
「美味しいよ?紅茶味。」
口に放り込めばダージリンの香りが広がる。
「俺のは抹茶だったな。」
「あ…。」
こいつ拒否った癖に食いやがった。
「旨いな。紅茶味は紅茶を入れんのか。」
「間違いじゃないけど、紅茶じゃなくて茶葉ね。」
それ以外何があるんだよ?
ファンタを入れて紅茶味になるんならノーベル賞もんだよ。
「む?茶葉をか?どうやって?」
「柳生に聞いてみな。」
知ってるけど面倒くさい、と言うか俺に漫画読ませろ。
「そんな事したら幸村へ贈った物を俺も食べたと柳生に知られてしまうだろうがっ?!」
「つまんない見栄張んなよ…。」
そして耳元叫ぶな。
うわぁ、もう真田が来たせいで話の展開が分かんなくなったし。
さて真田をからかってやろうかと時計を見れば、五時間目が終わる二分前。
風紀委員長は授業中も見回りかよ、どんだけ権限あるんだ?と思ったら、左手に筆、あ、選択芸術って訳ね、当然書道。
「柳生に何あげた?」
読む気の失せたページをパラパラやっていたら、主人公の彼女が他の男とキスしてた…、ヤバイ、ちゃんと読むんだった。
「筆だ。」
「ありがち。」
「そう言うお前はどうなんだ?」
「前に好きだって言ってた絵のポストカード、切手はつけてないけど。」
「優しさか。」
「うん、優しさ。」
でも、柳生の方が優しい。
優しいから傷付きやすい…。
「笑うようになったね。」
全国大会終わって一段落ついたせいじゃない。
「ああ。」
「柳生も内進に決めたってさ。」
「あぁ…、」
何そのやる気のない返事?
真田の態度がそうだから、俺ら倦怠期の夫婦とか訳の分かんない事言われんだぞ?
「また供に戦えるな。」
「……、」
お前が言うなら素直に喜べるよ。
「そうだね…、柳生んちもいろいろあるからさ、外進って言われるかと覚悟してた。」
医大目指してるから、同じ私立なら医学部ある大学の附属高の方が推薦とか取りやすいから、その分テニスにも集中できるだろうし、何より…。
「このクッキーは妹さんと作ったそうだ。」
「そう…、良かった。」
それしか出て来なかった。
「あぁ。」
真田もそれしか出てないのも分かる。俺らは知っていた、知らされた。
テニス部のレギュラーの身内と言うだけで、柳生の妹はいじめられていたらしい。
中二の時、初めての全国大会メンバーに選ばれた重圧と喜びを外に出さない為に無表情を通していたと思われていた柳生は、自分の事でまた妹が謂われないいじめを受けるんじゃないかという心配を俺らに悟られない為だったらしい…。
「妹ちゃん元気?」
登校拒否で引きこもったとこまで聞いた、俺が入院する前の話だから一年近く前の話だ。
「特別支援学級に登校出来るまでになったらしい。」
ようは保健室登校みたいな奴、学校来れる勇気が出るようになっただけ嬉しいよ。
せっかく入った立海に忘れたいくらい嫌な思い出しかないのも、最終学歴立海になりそうな俺には寂しい話だ。
「柳生は何故自分の誕生日に俺達と会った事を感謝しようと思い付いたのだろうな?」
俺が感慨に耽っている間にまた無断でクッキー食いやがったよ、丸井の事言えないし。
「俺は分かるよ。うまく説明できないけどさ。」
嘘。
一時でも柳生は自分の存在に疑問を持ったから。
最愛の妹ちゃんに疑問を持たされたから。正確には否定されたから。
自分自身の存在を否定されたから。
俺と柳生って生い立ちって言うのか、そういうの共通点が多い。
妹が年子で同じ月の生まれで日付が先とか、お兄ちゃんだからというより男の子なんだからって言われたとか、百点の自分よりそうじゃない妹の方がいっぱい誉められるとか、そんな些細な事の積み重ねが、似てるんだよね。
だから、妹ちゃんがいじめられてるとか、その八つ当たりが柳生に向かうとか、柳生自身どうにかしたいのに、妹とテニスをどっちかを犠牲する事はできないのとか、さ…。
俺の救いは妹がテニスで俺に勝てないと見切りをつけて別な物を見つけ、俺がいるから立海は嫌だって他校に行ったとこかな、しかも女子校だよ、絶対俺が入れないとこを選んだ。
だからコキ使われるけど、割りと仲は良い方だと思う。
柳生は、一ヶ月も二ヶ月も口をきいてもらえない事があったらしい。
誰かにその悩みをブチ撒ければ少しは軽くなるのに、しなかった、それが仲間思いな柳生の優しさ。
でも俺らはブチ撒けてほしかったよ。
入院中、一人で見舞いに来た柳生が溢した弱音。
──「神がいるなら私が幸村君の病と代わりたい。」
嘘でも慰めでも本音でも本音でもそんな事を言うな。
俺の代わりがいないと一緒で、お前の代わりなんていないだよ、柳生。
「…俺、柳生と会えてよかったよ。」
紅茶味のクッキーはちょっとしょっぱいと感じるのは気のせい。
「俺もそう思う。」
真田はブレザーのポケットからしわくちゃになった緑色の包みを俺に差し出した。
中には欠けてしまった抹茶クッキー。
これを妹ちゃんと一緒に作ったんだ。
一緒に作れるくらいまで戻れたんだな。
俺が言った通りだろ?
お前の代わりなんか誰もいないなんだよ。
「柳生ってさ、将来ホールインワン保険に入りそうじゃない?」
「何だそれは?」
「皆さんのお陰で無事誕生日を迎えられましたので感謝の気持ちに詰まらない物ですが保険みたいな奴。」
「…今日の様な事に備えての保険か?」
「…抹茶の方がうまい。」
生まれてきてありがとうとか、出会えた事に感謝なんて、気障っぽい台詞を友達相手に言えるもんじゃないし?
だから代わりに「誕生日おめでとう」って言うんだろうね。
誕生日おめでとう、柳生。
お前とテニスできて、本当に嬉しいよ。
また来年もよろしくな。
(20101019)
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