お兄ちゃんだから
魔法の言葉。
お兄ちゃんだから強くなれるし、我慢もできる。
でもさ?
自分の誕生日くらい主役になってもいいだろぃ?
俺はイチゴがたくさん乗ったチョコレートケーキって言ったのに、弟たちがチーズケーキがいいって言うから父ちゃんがさぁ…。
なんか会社の人のツテ?コネ?で有名なとこのチーズケーキ買ってきたのよ。
そしたらなんのことはねぇ、母ちゃんがチーズケーキ大好きなのな。
チーズケーキ食べながら父ちゃんが母ちゃんとの出会いを話すワケよ、俺の誕生日に。
思い出のチーズケーキと。
出会いから結婚するまでを。
壮大なストーリーにして。
その壮大に改変された話が大好きな弟たちはすっげぇ喜んで。
それに調子に乗った父ちゃんの話が長くなって。
母ちゃんもアラアラウフフなワケで。
なんで今日?
今日は誕生日なのに。
俺の誕生日なのに。
俺が主役なのに。
いつもなら我慢できる。
お兄ちゃんだから。
弟たちが喜んで、親が機嫌よくて。
お兄ちゃんだから家族みんなが笑って過ごせるならなんでもできる。
でも今日誕生日じゃん?
俺の誕生日だろぃ?
俺の誕生日だけど弟たちのためなら我慢できた。
でもどうしてもチョコレートケーキ食いたくて、食後のランニングのついでにコンビニで買った。
帰る途中にある児童公園の車止めで食ったチョコレートケーキは苦かった。
パッケージもレシートも捨てて来たのに、家帰ったら匂いでソッコー弟たちにバレて、普段あんま何も言わない父ちゃんに嫌味言われてさ。
すっげぇ最悪な気分。
誕生日なのに。
「…なんか兄ちゃんやめたくなったぜぃ…」
隣にいたジャッカルがすげぇびっくりした顔でこっち見てきた。
それに俺もびっくりして昼飯後の棒アイスを落としそうになった。
「あ、いや、な…」
歯切れ悪そうに俺から視線を反らしたジャッカルはバニラモナカを割りながら、
「お前でもそういう風に思う事あるんだな…」
一瞬何を言われたか分かんなかった。
とりあえず溶けそうになったアイスを口に突っ込んだ。
昨日の夜、チキンで火傷したところが染みた。
「…あー…、」
考えがまとまるより声を出して気付く。
「もしかして声に出てたとか?」
「ん、まぁ、な…」
なんでお前が都合悪そうな顔すんだよ。
悪いのはお兄ちゃんなのに我慢できなかった俺のせいだろぃ…。
「ホント、ケーキひとつで何言ってんだが」
棒を口から離して、
「いつも忙しくて一緒に夕飯食えない父ちゃんが俺の誕生日だからって早く帰ってきてくれて、家族全員揃っただけでもよかったんだよ」
と空になった棒をそのまま天才的なシュートでゴミ箱に投げ込んだ。
そうだよ、それだけでも充分だよ。
「俺はお兄ちゃんだから、」
だけど魔法の言葉の後に続く言葉が見つからなかった。
「…別に学校でもお兄ちゃんでいる事ねぇだろう」
じっと下を見ていたジャッカルが独り言みたいに呟いた。
「…そりゃな…」
分かってる、学校までお兄ちゃんでいる事なんかない。
けどウチにはすっげぇ手のかかる後輩がいるんだな。
そんな奴がいたらどうしてもお兄ちゃんになってしまう。
いや、それだけじゃない。
「…負けたくねぇじゃん…」
「何が?」
「いや、なんでもねぇ」
また無意識に出た言葉を袖のホコリと一緒に払い落とす。
最近気付いた、お兄ちゃんでは負けたくないって事に。
一年の時から敗けっぱなしだし、勝てる要素なくね?って諦めたくないのに悟りみたいな境地が心のすみっこから見え隠れし始めた。
つかあいつら弟じゃん?
弟のクセになんで弟の扱い上手いんだ?
あ、弟だから弟の気持ちが分かるのか…。
そしたら俺お兄ちゃんでも──
「俺もブン太が兄貴だったら嬉しいけどな」
ってジャッカル、お前なぁ…。
いきなりそんな事真剣なツラで言ってじゃねぇよ。
ま、こいつなりの気遣いだってのは分かる。
というか人の心読んでじぇねぇよ、ジャッカルのクセ。
「お前が弟だったら俺が安心してお兄ちゃん止める日なんか来ねぇだろぃ」
「ひっでぇなぁ、おい」
って言いながら、小さくなったモナカを半分くれた。
優しいよな、お前。
「いいんだよ、お前はお前のまんまで」
ジャッカルまで弟だったら俺は本当にいつお兄ちゃんを休んだらいいのか。
お前だから背中預けられるんだ、なんて言ってやらないけど。
もらったモナカの優しい甘さにイラついた気持ちも大人しくなる。
胸のモヤモヤをため息ごと吐き出す。
悩むのはもう終わりだ。
よし!日曜にあいつらにケーキ作ってやるか。
あいつらのお兄ちゃんだから俺はお兄ちゃんでいられるんだ。
(20180420・18丸誕)
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