大掃除は招かざる黒い客と
今日は今年最後の登校日だから部活後に大掃除した。
「燃えるゴミ、燃えないゴミ及び缶瓶ペットボトル、雑誌等の資源物の仕訳は徹底するように」
こういうのは柳に任せておけば安心だ。
俺から特に何もする事もないだろうから、普段は使わないロッカーも整理整頓するかと開けた。
「何故閉めた?」
隣の真田が不思議そうな顔をしてるけどこれはやばい。
「んー、ちょっと?」
扉に寄りかかってロッカーをふさいでみたけど中身の惨状は変わらない。
「何があった、見せてみろ」
「あ、いやちょっと?!」
真田に無理矢理に肩を掴まれてロッカーの前から退かされて扉を開けられた。
「…む?なん、だ…この匂いは…?」
袖で口元を覆った真田はロッカーから顔を背けて何度か咳き込み、
「幸村、これはなんだ?」
若干涙目で俺を睨んでる真田にはいつも苦労をかける。
「んー、腐葉土買っておいたのを忘れてた?」
俺だってロッカーに放置する気はなかったんだよ?
部室の脇にある花壇に使おうと思っていたんだけど、ちょっと時間がなかったというか、ロッカーの中で熟成されたというか、まぁ、そんな感じだよ、うん。
「いいから早く片付けろ。部長がそんなでどうする」
「…分かったよ」
腹が立つけど真田の言う事はもっともなので、ここは素直に従う事にした。
それにしても腐葉土の臭いが凄いので、救急箱にマスクがなかったかと思った時だった。
「ぎゃあああああー???!!!」
この声は赤也かな?何をそんなに騒いでいるのかとうんざりしたら目の端に黒い影が過る。
この時はほこりが舞ってるのかなと思っていた。
振り返ると柳がテーブルの上に乗っている。
何があった?と首を傾げていたら、ロッカーを開けたまま固まっている丸井とその隣で尻餅をついて震えている赤也。
「なんだ、今のは…?」
声が掠れていてる真田も若干腰が引けてる。
「あー、やべぇじゃん?おかし倉庫にゴ──」
「ちょ?!それは言っちゃダメッス!!」
頭を抱えて踞る赤也に真っ青で微動だにしない柳で見当がついた。
「部室に菓子を持ち込むとはたるんどるぞ」
「いや今それどころじゃない…」
さっきから頭の上を滑空してる飛行体をどうにかしないと。
「まだバルサンあったかな…?」
「う、うむ、…探してみるか」
部長副部長二人がロッカーに張り付いていても仕方ないから、とりあえず殺虫剤が入ってそうな棚に向かう。
でも壁際に沿ってカニ歩きしているから、ここにいる後輩達には見られたのはしょうがないけど他校には絶対見られたくない。特に坊やには。
「ゴキブリくらいでンな大袈裟な」
「丸井せんぱい何やってンスか?!」
マジ泣きにしている赤也の顔の前で丸めた雑誌で黒い滑空体を叩き落としてる反射神経はさすが王者立海大というか慣れすぎだろ…。
色々脱力して備品入れと書かれた箱を真田と探っていると、テーブルの影から床に座り込んでる銀髪が見えた。
「…こんな状況で何やってんの?」
「今いいところなんじゃ、話しかけんなや」
と右側に積み上げた漫画の山にまた一冊乗せた。
こいつは大掃除中ずっと漫画読んでたのかよ、お目付け役の柳生はどこ行ったんだ?
そもそもこんな黒い闖入者が飛び交ってる中にいる訳がないか。
「どうやら殺虫剤の類いは切らしているようだな」
全ての備品入れを確認にした真田は溜め息と一緒に肩を下ろした。
「早くなんとかしろ、弦一郎」
ジャージを頭から被った柳がテーブルの上から文句を言ってくる。
「俺ではなく発生源に言ったらどうだ」
珍しく真田が気の聞いた返しをしたのに、
「発生源とかまじひでぇ」
「事実じゃないッスか!」
「まぁそう言うなって、これ食うか?」
カラカラと笑ってる丸井に赤也のツッコミは届かない。
「そんなの食うなよ、賞味期限だって切れてるだろう」
勇敢にもおかし倉庫の中身全部をごみ袋に詰め込んだジャッカルは口をきっちり縛って、
「この年の瀬に食中毒になったりしても知らないぞ」
と爽やかな笑顔でゴミ袋を踏みつけていく…。
ゴミ袋の中でもカサコソ音がするから有効な対処法かも知れないけど、普段通りの笑顔のジャッカルが暴力的な行動してるとやっぱりこいつのせいでストレス半端ないんだろうなぁと。
それなのにマイペースなこいつはガムを追加しながら、
「それもそうだな?じゃ赤也、あとシクヨロ」
「はっ?!何シクヨロとか意味分かんないスけど!!」
「いって?!先輩命令に逆らってんじゃねぇよ?!」
「ただのパワハラじゃないッスか?!まじ腹立つ!!いっぺん泣かせなきゃ気が済まねぇ!!表出ろ!!」
とまぁ、後輩キレさせるのだけは忘れない。
思わず溜め息をついて顔を上げると真田と目が合った。
真田もどうしたらいいか分からないって顔してるし、肩に黒い侵略者が止まってて硬直してるし。
「柳、どっちか止めてよ」
襟掴み合ってがなり始めたし、なんでこいつら学習能力ないんだろう?
「うるさい、俺に頼るな、話し掛けるな」
「ア、ソウデスネ」
テーブルの上で土下座する形で頭から被ったジャージで下界と断絶した柳はもうキャパオーバーで部室から逃げ出すっていうのも考えられないのだろう。
俺もそろそろ限界が近いんだけど、この惨劇をどうしたらいいのか思い付かない。
いっそ全部投げ出して一人で逃げてしまおうかな?
そこまで自棄になった時部室のドアが開いた。
「お待たせしました、皆さん!さぁ、これを使ってください」
差し出されたレジ袋には対黒い刺客最終兵器。
背中に光を受けて立つせいで普段は逆光眼鏡の中身が見える。
「…やばい、惚れる…」
無意識に漏れた本音に釣られて真田も頷いてた。
「さすが柳生じゃの」
本を閉じて背伸びする尻尾が連絡したのか、相変わらず頭が切れる男だ。
「仁王君のお陰で遭遇せずに済みました。これが領収書です」
あくまで部室の敷居を跨がない姿勢を貫く柳生はドアの前でしゃがんでギリギリまで腕を伸ばして、俺の近くにレジ袋を投げて寄越した。
「…やっぱりさっきのナシ」
と前言撤回したらまた真田が頷いてた。
「精市、さっさとそれを炊け。赤也、俺の手を引いて外に連れ出せ」
なんで俺が?このおいしい役目は真田だろうと思ったが、頭隠した土下座のまま両手を伸ばす柳を見てたらなんか見てはいけないものを見てしまった気分になった。
「柳せんぱい、引きこもりみ、あ?いたい?!ごめんなさい?!」
せっかく柳のわがままに付き合ってくる後輩なのに気に入らない事は言わせないで、見えてないのに見えている時と同じようにデコピンしてくるデータマンやばい。
さっさと退治して早く帰ろうと柳生が投げ来たレジ袋を掴むと、救世主が降臨したとばかりの顔で部員たちは外へ出ていく。
最後に責任感の強い真田と取り扱いの説明書きを読んでると話しかけられた。
「すまんが後2冊読み終えるまで待ってほしいナリ」
もう座り込んでるこいつごといぶしてもいいよね。
(20151230)
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