短編


P気持ち


冬の空はなんでこんなに悲しいのか。

ここの屋上は山に面しているからまだそんなでもない。

庭園がある方は海が見えるから余計に泣きたくなる。

灰色の空に浮かぶシャボン玉が冷たい風に浚われていく。

行き先を辿ると天に昇る過程で一つ、二つと灰色と同化して、見失わないように視線をさ迷わせているうちに全部消えてしまう。

もう一度ストローをくわえて新しい球体を空に送り出す。

泡のように細かい列をなして、生まれては消えていく透明に何かが重なった。

「相変わらず高い所が好きだな」

同じセリフなのに言う奴が違うと爽やかな挨拶になるから不思議じゃの。

「体育の後じゃき、臭くて敵わんぜよ…」

週末から寒さが厳しくなるでしょうって巨乳の気象予報士のオネエサンが言っとったからって、昨日から本気出さんでいいのに、朝から暖房全開で蒸れた空気にいろんな臭いが混じって吐きそうじゃ…。

「柳も同じこと言ってマスクしてたな、ホラ」

俺以上に敏感鼻の奴を持ち出して、横から紙袋を差し出した。

「誕生日おめでとう、仁王」

「すまんのう、ジャッカル」

「他のヤツらに言ってやれよ」

ジャッカルから紙袋を受け取りたいが、シャボン玉の瓶とストローで両手がふさがっていたから、なんとなくノリでお互いの手持ちを交換する形になってしまった。

「…俺選択芸術音楽なんじゃけど」

思いっきり筆って分かるのが入ってるが真田じゃろ?嫌味か?

「でもお前ほとんど口パクじゃん」

柵に肘を置いてシャボン玉を吹き出したジャッカルも言うようになってしまったのう…。

「…だってめんどいんじゃもん」

道具いらなくて提出物ないのの消去法で音楽にしたが、やっぱりリコーダーとか一人で歌うのとか苦手じゃ。

「俺は今さらだけど音楽にしときゃよかったぜ。高校の美術がこんなにめんどいとは思わなかったし」

「あー、丸井も石膏でキレてたの」

あいつの場合は失敗しても自分の腹に収まんないからなんじゃろうけど。

んで今年も甘ったるケーキ食わせられんのかぁ?

「その後、自分が作った石膏のデッサンとかだからな」

ゆっくり息を吐いて大きなシャボン玉を作るジャッカルを眺めていたら、突然割れた。

風は吹いていなかった。

ジャッカルの指に触ったか、俺のどっかと接触してした、それとも全く別な要因か。

「やべぇ、飛んだ」

点々と制服についたシャボン玉液、瞬間的ながら生きた証しを刻みつけたみたいだ。

「前にさ、」

ジャッカルはシャボン玉の瓶にストローを指して、

「幸村が誉めてくれたんだ、俺の絵をさ」

柵を背にして寄りかかった。

「絵なんか苦手で抽象画風にごまかしたのに、『力強いタッチが生命力溢れてて俺は好きだな』って言ってくれたんだよ」

北風の唸り声が林を切り裂く。

春なら花粉がすごそうじゃなぁと同情するくらいに左右に揺られとる。

「誉められたっていうのも違うか?…でも好きだって言ってくれたんだぜ」

意味もなく右足でタイルを蹴りつける。

「それだけで充分なんだよな、理由にするのって」

今横切った鳥は海から来たのか。

雲の形も分からないくらいに敷き詰められた灰色の空はあの日と同じ。

「あいつのズルいところはテニス以外の自分の得意分野で誉めてくるところぜよ」

ありがとう、今まで水やり大変だったろう?お陰で今年も花を咲かせてくれたよ。俺が世話するよりきれいな色だね。

どう聞いてもお世辞にしかならないのに、世話した本人じゃなくて花に向かって言うから皮肉の一つも浮かばなくなるんじゃ…。

「悪ぃな」

急に謝られて何かされたか?と逆に焦ったが、ジャッカルなら何されても許せる普段の人徳があるナリ。

「それ、ついちまったな」

「…あぁ、構わんぜよ。シャボン玉やる時はいっつもこうだし、ジャッカルのせいじゃなか」

肘の辺りについていたシミが左側なのが納得いきそうでいかなかった。

「今日は六時上がりだって、比呂士が」

妹ちゃん情報か、間違いないの。

「今夜は冷えるから気をつけろよ」

ストローをくわえたジャッカルに背を向ける。

「その前に早退の理由を考えんとのう?」

俺を追い越したシャボン玉にもう一つの未来を見た。

(15仁誕・20151204)
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