短編


HIKARI


急に膝がガクッとなって我に返った。

また頭に血が上ってトリップしてたのかと慌てて周りを見えてびっくりした。

教室…?

右手を見たらシャーペン。

俺、コートにいたハズじゃ…?

左肘をつつかれてそっちを見たら、そばかすのあいつが「当てられてる」って小声で言ってきた。

はあ?と思ったら先生が「カエルにヘソはあるか」なんて聞いてくる。そんなん知るか、俺はまだ試合の途中──

いや、もう夏は終わったんだ。

質問には分からないと答えておいた。

先生は「あるかないかで答えてほしかった」と苦笑いしていた。

今は倫理の授業か、どうりで眠くなるわけだ。

さっき体がガクッてなったのはなんでだろう、夢のせいなのかな?というか、なんで一年前の試合の夢を…。

どうせ見るなら、1ヶ月前に優勝旗を握った夢の方がいい。

夢の中にいるようなふわふわした感覚と、優勝旗の重さと耳が痛くて遠くに聞こえる大歓声。

最高だった。

始業式のあとの報告会は拍手で体育館が割れそうだった。

あんなの二度味わえないと思った。

去年棄権負けで逃げた海堂との決着はシングルスできっちり勝ってやった。

俺が立海の優勝を決めた。

夢で思い出すなら、これからずっと話題にするなら、中学最後を優勝した今年の事のハズ。

それなのに、いつも夢で思い出すのは中二の全国大会。

嬉しくて泣いている俺じゃなくて、悔しくて、少し寂しくて泣いてる俺。

幸村部長が笑って、真田副部長に泣くなって言われて、柳先輩に顔を拭かれて、丸井先輩に覗き込まれて、ジャッカル先輩に慰めてもらって、仁王先輩に頭撫でられて、柳生先輩に背中を押してもらって。

表彰式で優勝旗を受け取る手塚さんがやけに大きく見えた。

真田副部長が盾を貰う時、ほんの少し指が震えてた。

覚えてる、涙でぼやけた雲の形まではっきりと。

負けた時は悔しさしか覚えてないのに、なんであの時のことはすみずみまで覚えているんだろう。

シャーペンを置いて右手を開いた。

一年前と何が変わったのかな?

何が変わらなかったのかな?

まだ変われないところは何かな?

去年思い描いていた未来にいるのに、なんか実感がない。

人生ってこんなもんだっけ?

夢を叶えてしまうと、何か物足りなくなるのかな?

足りないものは分かってる。

先輩たちのいない未来で、先輩たちとは違うチームで優勝した。

歳が違うんだから当たり前のことなのに。

やっと追い付いたと思ってもまだ遠い。

会おうと思えば会いに行ける隣の校舎だけど、渡り廊下の空気が時間の壁で、越えられそうにない気持ちにさせられる。

俺も副部長やったから分かったけど、去年の俺って全然言うこと聞かないし生意気言いまくりのすげぇムカつく後輩だったんだろうな。

そんな俺を上手く扱って部に馴染むようにしてくれた部長たちは本当にすごい人たちだ。

俺は、みんなにとっていい副部長だったのかな?

開いたままの手のひらは空っぽのまま。

ぐるぐる回る頭の中が気持ち悪くて、窓を見ると目も開けられないくらい眩しい青空。

絶対に越してやると追いかけた背中達はまだ遠い。

(20150925・'15切誕)
[←戻る]

- ナノ -