短編


チャリアカーに乗せる


全国大会の後、二学期始まるまで間。

始業式の日に二年達へ部長副部長を引き継がせるから、今が一番微妙な時期。

毎年の中だるみのような、なんか切ないような部活の空気が苦手だ。

今日も三年は自主トレで練習時間は後輩達に付き合ってた。

俺は一年の底上げで、新人戦前までに物になりそうな奴を見つけ出す係だった。

一年は今のところスクール出身組も初心者組もそんなに差がなく、全員が同じペースで強くなってるから、俺達はまだ楽な方。

問題は二年、新人戦候補と赤也の実力差が酷すぎた。

赤也が飛び抜けて強い、それはいい事でオーダーにいるだけ他校のプレッシャーになるハズだ。

でも団体戦で赤也を酷使するオーダーにするのは避けたいだろう。

地区大会・県大会序盤には赤也を出さずに任せられるS1S2候補と、三勝で決められるS3候補が二年の中にいるハズだと思っていたらしい。

それが全国大会が終わったこの時期に、中堅以上がいないと分かって焦り出した。

俺達は常勝無敗にこだわりすぎて、後輩達の育成を考えてなかった。

赤也に頼りすぎないようにと始まった強化練習だけど、実際赤也に頼りっぱなしだったのは俺達の方で…。

休憩の時にため息をつく三強を見て、二年達は実力のなさに自信を失って、それを見て三人が自分の指導力のなさに苛立って、その苛立ちが二年を萎縮させて、の悪循環が続いていた。

一年の事を柳に報告後、柳生に少しサーブ・アンド・ボレーに付き合ってもらって今日も終わった。

続きは家に帰ってからにするかと、柳生は塾に行く話をしながら正門の前まで来るとふてくされた仁王が自転車に乗ってた。

なんか仁王に自転車似合わねぇなぁと思っていたら、その自転車がちょっとおかしい。

後ろにリアカーがついてて、自転車がリアカーを引っ張る形になってる。

あぁ、これ、アレだ。

廃品回収で裏のじいさんが乗ってくる奴。

「おまんらも送ってやるナリ」

やる気なさそうにハンドルに肘をついて携帯をいじっている仁王に、

「ここは仁王の顔を立てて乗りなよ」

と後ろのリアカーで笑顔の幸村が手招きしている。

他に腕を組んで瞑想している真田と本を読んでいる柳がいる。

「そうですね、お言葉に甘えて送ってもらいましょうか」

意外と悪ノリというか順応性が高い柳生がリアカーに乗り込んでいく。

「ジャッカルもおいでよ」

「お、おう…」

幸村が楽しそうに膝立ちになって俺の腕を掴んだけど、リアカーの荷台の強度が気になって、すぐに乗る気になれなかった。

その時ラケットバッグを引っ張られた。

「お前はこっち」

らしくない小さい声に振り返ると、ブン太が自転車に乗っていた。

前のカゴが歪んで、錆びだらけのママチャリだ。

防犯登録のシールも学校の通学許可証シールないから、きっと卒業生の誰かが置いていった奴。

「仕方ねぇな」

また俺に漕がせるんだろうなとハンドルを掴んだら、

「お前は後ろ」

と言われた。

いつもなら絶対そんな事言わないから、すごいビックリしてたら、

「ハイ」

俺の返事も聞かないでラケットバッグ寄越すから、やっぱりいつものブン太なんだってなんだかおかしかった。

「悪ぃな」

空いた方の肩にブン太のラケットバッグを背負って、ママチャリの荷台に座ったら低くて足が余った。

それをなんか知らないけど笑いそうになってたら、不機嫌な顔したブン太が何か言いそうだったけど、結局何も言わないで自転車を漕ぎ出した。

「…つか、これ漕ぎ始めが肝心か…」

ぼやく仁王を振り返ると後ろの四人で重そうなペダルを踏み抜くみたいに立ち漕ぎしていた。

四人も乗っているのに何かさびしいような荷台を見ていたら、

「学校からは緩い下り坂になっているから後は大丈夫ですよ」

と言った柳生のきっちり分けてる髪が潮風に揺れてる。

それに誘われたのせいか、軽くネクタイを緩めた。

その柳生を見た幸村もネクタイを外して、外したネクタイで真田にちょっかい出し始めた。

たまに本を読んでる柳に当たって、ネクタイの端を掴まれている。

あんまりにも真田が無反応だから、飽きた幸村は両手を投げ出すように座り込むと、

「ねぇ、柳。滅多にないこんなシチュエーションで一句詠む気にならない?」

と無茶ぶりをかました。

読書を邪魔されるのを嫌がる柳はどんな嫌味を言うのかとヒヤヒヤしていたら、本にしおりを挟んで膝の上に置いた。

これは駅まで小言コースかと覚悟したら、柳は海を見ながら、

「星散りて 夏を拭えぬ 夢のあと」

本当に一句詠んで本をスクールバッグにしまった。

やっぱり柳は風流だなぁと感心してたら、

「耳が痛いな」

やっと口を開いた真田は腕を解いて、

「この夏もやがてあの夏になるのだな」

と呟いた後、帽子を脱いだ。

「それにはまだ早すぎる」

そう返した幸村は真田の帽子を取り上げると、後ろ前に被った。

「俺達にはやるべき事がたくさんある。感傷に浸ってる暇はないんだ…」

最後の方はいつもの力強さが抜けていた。

小さくうなずいた真田に、柳生は眼鏡を押し上げた。

柳が一瞬学校の方を見て、幸村の言おうとした意味が分かった。

思い出にするにはまだ早い。

俺達はまだコートに立ってる。

「暇だねぇ」

リアカーから乗り出すように荷台の壁に寄りかかって空を見上げた幸村から慌てて真田が帽子を取り返す。

「…そりゃただ座ってるだけじゃからな」

少し汗をかいて自転車漕いでる仁王が悔しそうに言った。

「でも下り坂ですから」

それなのに追い討ちをかける柳生に仁王がわざとらしく舌打ちをした。

「そうだ、仁王歌ってよ!」

と言い出した幸村に仁王がうっとうしそうな目してたけど、たぶん幸村には見えてないし、幸村も気づいてない。

それに悪ノリする声も止める声がない。

…それが、きっと当たり前になる日が来るんだろうなぁ…。

そんな分の悪い状況にまた舌打ちをした仁王は国道の青い看板を見つけると、急に立ち漕ぎをして加速した。

「海を!目指した!標識と街ですれ違う!」

ほとんど叫んでるみたいにどこかで聞いた歌を歌った。

その歌を知ってるみたいな幸村と柳生は顔を見合わせて笑って、

「水ー着ーのあとの やーらーしさに身もだーえてー!」

あえてそんな歌詞ってとこを幸村が歌った。

「カラダを夏にするのも終わりですね」

眼鏡を外して目頭を押さえた柳生に、

「暑熱順化がどうかしたか」

本をしまって手持ちぶさたな柳がどこか上の空で聞き返す。

相変わらずこの二人は難しい事を知っているなぁと眺めていたら、

「…ゴメン」

と聞こえるか聞こえないかの小さい声。

驚いて前を向くと、ブン太が前を向いて自転車を漕いでる。

聞き返そうかと思ったけど止めた。

後ろに流れる街灯を何本も見送ってから、

「俺の方こそゴメンな」

あの時ああしていればなんて何回も考えた、何パターンもシミュレーションした。

そのせいで寝られない日もあった。

負けてから何日も何日も考えた。

どうすれば勝てたのか、どうすればよかったのか。

でも負けた事は変えられない。

負けた事を認められなかった。

認めたら負けだと思った。

そうやって負け事から逃げてた…。

海の方を見たら、真っ青な空と少し濁った海の間を船が浮かんでいる。

風はすっかり秋の気配だ。

「このまま海に行こうか」

突然まだネクタイを振り回してる幸村がそう言い出した。

「じゃぁ、どっちが先に着くか競争だぜぃ!」

いつもの調子を取り戻したブン太が立ち上がってペダルを踏み込んだ。

「ふざけんじゃなか!誰が漕ぐと思ってんじゃ!」

やけくそに叫んだ仁王も立ち漕ぎをして、

「こんなん赤也の役目じゃろうか!」

後ろに四人も乗せてるのになんとか俺とブン太の自転車に着いて来てる。

「でももうその役目から卒業させてあげないとね…」

寂しそうに笑った幸村に俺達には卒業しか残ってないんだなと悟った。

(20150830up)
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